文芸部での活動まとめ
一樹はただ一人の親友を探すのに必死だった。
「待て少年!」
「うわっ!」
いきなり腕を引かれ一樹は体制を崩しそうになった。
腕を掴んだのは案内人だ。
「君一人で行ってどうする気だ!」
怒鳴られ、一樹の体はビクリと震える。かなりの大声だったが周りの人は誰も気にしている様子はなかった。
「だって、健太が……!」
「友人を思う気持ちは分かる。だが無策で飛び込んで行ってもどうにもならない」
「……」
まったくもってそのとおりだ。案内人の言葉に一樹はなにも言えない。
「何もするなとは言わない。ただ俺の指示に従ってくれ」
「……」
少し冷静になった一樹はこの男を信頼してもいいものか悩んでいた。会ったばかりの名も知らぬ男。
「あんたの指示に従ったら……健太を助けれるんだよな?」
「あぁ約束しよう。まずは君の友人を探すんだ」
その言葉に一樹は力強く頷いた。
夏祭りが行われる広場はそんなに広くない。だから普通にしてても簡単に目標の人物に会えるはずなのだ。
「……どこにいるんだよあいつ!」
先ほどからまったく見当たらない健太に思わず苛立ち、一樹は声を荒げた。
「前に経験した夏で彼はどこに居たんだ?」
「九時に盆踊りのとこに集合したからな。それまでのことはわかんねえよ」
今の時間は八時。まだ一時間も時間がある。
「早いほうがいいんだよな?」
「あぁ。夢魔は今このときにでも取り付いた人間の命を削ってるはずだ」
周りの人間が夢から覚めたとき、夢を見せた人間は死んでいる。
「そんなことさせるか!」
一樹がまた走り出そうとしたその時だった。
「あれ、一樹? なにしてるの?」
「小春!」
そこには幼いころから一緒にいた少女の姿があった。
「どうしたの一樹。というかその人は誰?」
「あぁ、こいつは……。それより健太知らないか!?」
一樹がそう言って小春に近寄ろうとしたそのときだった。
目の前に案内人のコートが広がる。
「? おい」
「……どうやら夢を見せていたのはこっちのようだな」
案内人は小春を睨みつけてそう言った。いや、小春の背後をだ。
「おい、案内人……それって……」
「夢を見せていたのは今そこにいる彼女だったってことだよ」
「! そう……なのか? 小春」
確かに小春も健太と同じように夏の終わりを気にしていた。
「俺ら案内人の姿は普通の人間には見えない。見えるのは異変に気づいた人間と……異変の原因となった人間だけだ」
確かに小春は異変を感じ取っていてるわけではなかった。
『考えてもしょーがないしね』
小春の声が頭に響く。
明るく言っておきながらも本当は小春も不安だったのか。
一樹は思わぬ事態に呆然とした。
【ち、ばれたか】
突然、聞き覚えのない声がしたと思った瞬間、あたりの世界がゆがむ。
「!」
思わず目を瞑る一樹。体が急速に落ちていくような感じが全身に伝わる。
「少年!」
案内人の言葉にゆっくりと目を開けるとそこは……
「どこ……ここ」
見たこともないような場所だ。さまざまな色が交差する様はとても現実のものとは思えない。
「夢の世界さ」
「夢の世界?」
「そう、物語が始まる前の場所さ。夢魔が出入りする場所でもある」
「……。そうだ! 小春は!?」
【「ここよ、一樹」】
聞きなれた小春の声と世界が変わる前に聞こえた声が同時に聞こえる。
「こ、はる?」
見慣れた幼馴染の姿。しかし、その後ろには禍々しい怪物がいた。
小春の目はどこか空ろで、花火を買いに行く前の彼女とは雰囲気が変わっていた。
【案内人に見つかったのは誤算だが……この娘を夢から覚まさなければ俺を倒すことはできない】
あの声で喋っているのは小春の後ろにいる怪物だった。
「あれが……夢魔?」
「そうだ。彼女と同化している、夢魔」
「同化?」
案内人は黙って頷く。
「彼女を夢魔の見せる夢から覚まさない限り、彼女を助けることはできない」
「……どうすればいいんだ?」
「彼女に教えればいい。夢に閉じこもるより、これからの未来に生きることの素晴らしさを」
一樹は小春を見つめた。
未来に生きることの素晴らしさ?
伝えられるだろうか。一樹だって二人が島からいなくなることを不安に思っているのに。
「ねぇ、一緒に行こうよ一樹。健太も一緒に三人で楽しい夏祭りを過ごそうよ」
「小春……」
ゆっくりと微笑む小春に一樹は声を失う。
【お前らにこの娘を助けることはできない。この娘が自分にとって都合のいい世界を否定するわけがない】
「……」
「私……みんなと離れたくないよ? 健太とも一樹とも……」
小春は泣きそうな顔をして一樹に訴える。
この夏が終わればみんな一緒に過ごす夏祭りはなくなるかもしれない。
少なくともいつも一緒にはいられない。それなら……。
「しっかりしろ少年!」
「!」
「今彼女を助けれるのは君しかいないだろ!」
案内人の声が一樹に響く。
「俺だけ……?」
一樹はもう一度小春を見る。
空ろな瞳が自分を映し出す。
このままずっと同じ時間を同じことを繰り返す。
「小春」
一樹はしっかりと目の前の少女を見つめる。
少女の瞳をまっすぐ見据える。
「出ようぜ。この世界から」
一樹のその言葉に小春は顔を歪ませた。
「なんで……? 一緒にここにいようよ。みんなで一緒に」
一樹はその言葉に首を横に振った。
「同じ思い出を繰り返すことになんの意味があるんだ、小春」
一歩、小春の方へ前進する。
「夏祭りが終わったって、それで俺らの仲がなくなるわけじゃないだろう」
また一歩小春に近づく。そうだ、夏祭りが終わっても一緒だ。
たとえ進む道が違ったとしても、関係は同じでいられるはずだ。
「秋が来ても、冬が来ても。春が来て……お前らが島の外に行ったとしても!」
一樹が小春に近づいてその腕を掴む。
「!」
「また夏が来て、一緒に楽しい夏祭りを過ごせばいい! 新しい思い出を作ればいい! 同じ幸せを繰り返したところで本当の幸せにはならない!」
「かず……き……」
「……早く行こうぜ、健太が待ってる」
一樹が小春の腕を引いた。
小春はそのままゆっくりと一樹のほうに身を預け、
夢魔の呪縛から抜けた。
【馬鹿な! 都合のいい夢から逃れるなど!】
「都合のいい夢なんてこの世にありはしないのさ」
【な!】
夢魔が驚愕の声を上げる。いつの間にか案内人は夢魔の後ろに回っていた。
「夢は終わりだ」
その言葉と共に夢魔は消滅し、夢の世界は消え去った。
「よし、じゃあこんどは三個いっぺんに……」
「あ、危ないよ! やめとこうよ!」
「大丈夫だって」
「悪ノリはやめなさいよ一樹!」
夢の世界から戻ってすぐに二人は健太と合流し、予定通り花火大会を開いていた。
小春は夢の中のことをほとんど覚えていないようで、前の夏と同じように横で笑っていた。
案内人にそのことを訊こうとも思ったが、気づいたときにはあの黒ずくめは姿を消していた。
「もう残り少ないね」
小春の言葉にハッとする一樹。
見れば残っているのは一樹が買い占めたネズミ花火と三本の手持ちタイプの花火だった。
作品名:文芸部での活動まとめ 作家名:悠蓮