文芸部での活動まとめ
この一連の会話をしたのは一度や二度ではない。そう、一度や二度のことではない。一度や二度のことでは。
「はあー、それにしても今年の夏ももう終わりかあ」
ふと小春がため息をつきそんなことを言った。
「……ん?」
「一樹?」
「どうかしたの?」
ふいに表情を曇らす一樹に二人は心配げに声をかけた。
「あーなんか前にこんな感じのこと話してたような……」
「何言ってるのよ、よくする話じゃない」
「そうだよ。どうしたの?」
小春と健太の二人に言われ一樹は少し戸惑う。本当にそうなのだろうか?
「そう……かな」
「そうよ。ねぇ、それより山辺さんのとこに明日やる花火買いに行こうよ!」
「お、賛成! 今年はネズミ花火大量にやろうぜ!」
「えー! 嫌だよー」
「なんでだよ面白いじゃんか」
「だって火傷しそうで怖いよ……」
「大丈夫だって! ほらとっとと行こうぜ」
そう言って一樹は自転車の速度を上げた。
二人にはそう言ったものの違和感はまだ消えなかった。
次の日。
夏祭りの準備も終わり一度家に帰った一樹はまだ違和感を感じていた。
帰るときの会話だけじゃない。花火を買いに行ったときも、夏祭りの準備をしていたときも、全て一度経験したことのあるような気がしてならないのだ。
「そんなことねぇのに」
一樹は自分が何故こんな違和感を感じるのか理解できないでいた。
同じことを繰り返している、なんてファンタジーなことが現実にありえるはずがないんだ。
「一樹ーーー!!」
一人で悩んでいると小春の怒鳴り声が聞こえてきた。
びくっとして窓から外を覗くと浴衣を着た小春と健太が玄関先にいる。
「もうそろそろ始まる時間よ!」
「早く行こう一樹ー」
「あ、あぁ。今行く!」
慌てて玄関へ向かう一樹。二人みたいに浴衣に着替えるつもりはないのでそのまま家から飛び出た。
「わり、ちょっと考え事してた」
「え! 一樹が考え事!?」
小春が目を丸くして聞き返す。
「あ、雨降らないといいね……」 健太まで遠慮がちにそんなことを言い出した。
「失礼すぎるだろお前ら……」
二人の言葉に一樹は軽い脱力感を覚える。 「まぁいいやそんなことより早く行こ」
散々なことを言っておきながら小春は他の二人を急かした。
違和感はまだ消えたわけではない。それでもそれを振り払うかのように、一樹は広場へと急いだ。
祭りの屋台を回ってる間も違和感は続く。
何度も何度も同じ時を繰り返している気分だ。そんなこと現実にありえないのに。
(なんなんだろうな……)
今、小春と健太は一緒にいない。二人とも各自で自分の好きな屋台を回ってるところだ。
これも一樹の記憶にある。ただいつの祭りでのことだったかは分からない。去年は最初から最後まで三人で回ったはずだ。一昨年も。ずっと三人一緒だったはずなのだ。そもそも今年たまたま各自の家の都合でバラバラに行動することになっただけで、基本的にいつも三人一緒だった。
「あーもうなんでなんだよ!」
頭がパンクしそうになった一樹が思わず叫ぶ。
「それはこの島が夢に取り込まれているからさ」
「!? 誰!?」
いきなり後ろから声をかけられ、一樹はその場から慌てて離れた。
声がするほうを見るとそこには見るからに怪しい男がいた。
一言でその男を表すなら黒。黒いコートに黒い帽子。この夏の日に合わない格好をしている。
帽子で顔が隠れてるためその表情を見ることはできない。
怪しさが服を着て立ってるような男だ。もっとも彼の怪しさの大部分はその服が演出しているのだが。
「……島の人間じゃないだろあんた。何者だ」
怪しい男に一樹は身構える。
「あー怪しい者じゃないからそんなに警戒しなくても……」
「お前自分の格好見てから言えよ」
男の言葉をさえぎって一樹は言った。
「あ、やっぱり?」
少しおちゃらけた様子の男に一樹は脱力しそうになる。
「仕方ないんだよ。一応これ正装だから」
「正装? なんの」
一樹の質問に男はくすりと笑って言う。
「――案内人さ。夢のね」
夢の案内人。男はそう名乗った。
「……えっとこの島に精神科はないからさ、明日の船で本州の方に行った方がいいと思うぞ?」
「あれ信じてない?」
「信じるほうがおかしいと思う」
男は少し戸惑うしぐさをする。本当に戸惑っているのではなく少し楽しんでいるような感じだったが。
「そうだね、でも君は信じるよ。
――気づいているんだろ? この島の異常に。時間が繰り返していることに」
「!」
案内人の言葉に一樹は今までのことを思い出す。
自転車に乗りながらの会話も、花火を買いに行った時も、準備のときも、今このときも、
全て一度経験したような気がしていたのは……。
「……勘違いじゃ、なかった?」
一樹の言葉に案内人は頷く。
「この島の時間は繰り返している。夏祭りの前日と当日。この二日間をね」
案内人の言葉に一樹は何も言えずにいた。
時間が繰り返す?
自分の中でずっと否定してきたことだった。
案内人の言葉は続く。
「それには夢が関係しているんだ」
「……夢?」
「そう。この島に夏が終わって欲しくないという夢を持つ人間がいる」
この島の夏祭りは夏の終わりを告げる象徴だ。夏祭りを繰り返すのは夏が終わって欲しくないということ……?
「誰だよ……そんな夢見ているの」
一樹は目の前の男への警戒を忘れて案内人に問いかける。
「それは分からない。が、君の近くにいる人間だ」
「俺の……?」
「そうだ。この異変に気づいたのはこの島では君だけだからな」
確かに小春も健太も特に異変は感じてなかった。
「君の周りに夏が終わって欲しくないと言った人間はいるか?」
案内人に言われて一樹はハッとした。
『明日の夏祭りが終われば秋まですぐだもんねえ』
『なんだか寂しいなあ』
「! 健太!」
毎年三人で過ごしていた夏。みんなで楽しく過ごす夏も今年で終わるかもしれない。
健太はそのことをずっと気に病んでいた。
実際には長期休暇で帰ってこれるのだ言っても、同じように島を出る気にしないと言ってからも。
「なあ! このままだとどうなるんだ!?」
一樹は案内人に縋るように問い詰める。
「このままだとこの島は夏に閉じ込められる。夢を持つ人間の命を削り取るそのときまでな」
命を削り取る……。つまりこのまま放っておけば健太が死ぬ。
「……どうやったら止めれる」
「夢から覚ましてやればいい。具体的に言うなら夢をここまで拡大させた張本人、夢魔を倒せばいい」
「夢魔……」
小説か何かに出てきそうな単語だ。だが、今の一樹にそれを疑う余裕はなかった。
今まで一緒にいた幼馴染が死ぬかも知れない。そのことに一樹は動揺していたのだ。
「だがそれは俺の仕事だ。君は心当たりのある人間を教えてくれれば……」
「健太は俺の友達だ! 他人任せにしてられるか!」
カッとなってそう叫ぶと、男の静止も聞かず一樹は祭りの人ごみの中へ飛び込んでいった。
人ごみの中を一樹は走る。何人もの見慣れた顔に声をかえられるものの、今の一樹にはそれに答えない。
(健太は……どこだ!)
作品名:文芸部での活動まとめ 作家名:悠蓮