文芸部での活動まとめ
色彩科はまだまだ人数が少ない。クラス単位の人数は大体三十人ぐらいしかいないのだが、それでも大祭準備は数の多い普通科並みだ。
色彩科は色を使う分、見目のよいパフォーマンスが望まれる傾向にある。
彼らもそれに向けて、準備を始めていた。
「おい、クレイ。これどこにやればいい?」
「あー……それ何に使うんだっけ?」
「術の発生装置だろーしっかりしろよ実行委員ー」
「あぁわりぃ。だったらそこに置いといてくれ」
「あいよー」
手際がいいとお世辞にも言えないが、彼らは彼らなりに順調に作業を続けていた。
今回やるのは一年生の彼らにもできる初級な色彩術を使ったパフォーマンスだ。
使用するのは主に「硬化」の術。色とりどりのチューブを状況に応じて硬度を変え、中に通す水を自在に操るという趣向だ。
「クレイーこれどこー?」
「それは……ルットが使う部分だよな。だったら……」
壁に色とりどりのチューブを並べ、装置を完成させていく。完成まではまだまだだが、少しずつ全体図が見えてきた。
「よし、じゃあ次は……」
「いい加減にしなさいよ!!」
クレイが次の指示を出そうとした時、作業場の一角で、ヒステリックな少女の声が響いた。叫んだ少女のローブは桧皮色。少女が対抗しているのは若竹色のローブを着た――セリル・アーレミアだ。
「なによ、さっきから! ちょっと他より術ができるからっていい気にならないで!」
「別にいい気になっているわけじゃない。この術に不完全な部分があると言っただけで」
「それがいい気になってるっていうのよ!」
桧皮色の彼女はセリルが何かを言うたびに感情を高ぶらせていく。このままではいつ掴みかかるか分かったものじゃない。
「おい落ちつけよ」
「止めないで!」
急いでクレイが割って入るが、それも彼女という火に油を注ぐ結果となってしまった。
「なんで、なんでこんな女がトップなのよ! ……平民出のくせに!!」
その一言で、場の空気が氷ついた。
それは言ってはいけない一言だったのだ。
桧皮色の少女の言葉は池に投げられた小石のように周囲に波紋を作っていく。
「……そうだよな」「俺らのほうが前からここにいるのに」「どうせたかが平民が……」
波紋がどんどん広がっていく。昼前の授業で聞いた不本意な声が重なる。
「おい、お前らいい加減に……」
「分かった」
クレイはなんとかして場を収めようとしたが、セリルのほうが行動が早い。
「ならば、あんたらだけでやればいい。私は抜ける」
「ちょ、おい……!」
言ったら即行動、と言わんばかりにセリルは作業場から去って行った。
「待てよ! セリル!」
一瞬固まったしまったクレイだが、急いで彼女を後を追いかけるために作業場から出て行った。
場に沈黙が満ちる。
「……くだらないわね」
沈黙をやぶったのはリアだ。
「そんなくだらないいいわけしてる暇あったら少しは自分を磨くことを考えなさい」
「あ、リア!」
捨てゼリフのような言葉を残し、リアも作業場から出て行く。ルットも慌ててその背中を追いかけた。
◆ ◆ ◆
色彩科校舎の広い廊下を二人の生徒が早足で駆け抜けていた。
先頭は若竹の少女、後ろにいるは赤の少年だ。
「おい、セリル待てって! セリル!」
クレイは必死に名前を呼び、少女を追いかける。しばらくそうしていると、セリルがぴたりと歩みをとめた。
「……パーシヴァル」
「お、やっと止まったなセリル」
「私はお前に名前で呼ぶことを許可した覚えはない」
彼女はそう言ってクレイを睨んだ。
「あそ? こっちのほうがいいと思ったんだけど」
「どういう意味だ」
「いやだって、アーレミアだとピンとこないってか……。セリルって名前のが似合ってるだろ」
あっけからんというクレイにセリルは溜息をついた。
「もういい、私についてくるな」
「いやそういうわけにはいかねえって」
「いいからついてくるな」
それだけ言うとセリルはまた足早に歩き出した。
「あ、だから待てって!」
「っ!?」
しかし、今度はそれよりもクレイが腕を掴むほうが早かった。問題は、少し力が強かったのかそのままセリルが体勢を崩したことだろうか。
「へ?」
「っ!」
セリルがクレイの方向に体を崩したことで、二人はそのまま後ろへと倒れた。
本日背中ぶつけるの二度目。
「いたたた……」
「……!」
「大丈夫か、セリル……あ」
セリルがクレイの方向に体勢を崩した。つまり今ちょうど、セリルがクレイの上に乗って倒れている。
つまり……彼女が押し倒した形になってしまっていた。
パシャリ
「!?」
「あらーいいもの手に入っちゃった」
しばし硬直してた二人の耳に工業科でよく聞かれるような機械音が届いた。
「リア……それはちょっとまずいんじゃ」
ルットの声で、ようやく我に返ったのかクレイとセリルは一斉に体を起こした。
「リア! お前なにして……!」
「いやぁまさか廊下でこんなアツアツシーンが見れると思ってなかったから、つい」
「ハートネット! お前……」
リアは笑って手に持っている小さな箱を振った。数年前に発明された念写機と呼ばれる道具だ。
「はいはい、それよりとっとと戻るわよ。あんたたちがいないと進まないんだから」
「そ、そうだよ。今日中にあらかた終らせないと時間足りなくなるよ」
二人にそう言われ、クレイは立ちあがった。
「よし、じゃあ行こうぜ、セリル」
「私は戻らないぞ。私が戻ったら意味ないだろう」
そう言う彼女の言葉は絶対に意志を曲げない、という雰囲気が感じられた。
「何しょげてるのよ馬鹿らしい」
「なっ……」
「リア!」
クレイの制止の声を無視して、リアは緑の女王に対峙した。
「ちょっとぎゃあぎゃあ言われたからってそんなに反応してどうするのよ。間違ったことしてるつもりがないならもっと堂々としてなさい」
「……」
セリルは少しうつむいた。
「リア……」
「それに……もう逃げられないだろうしね」
「は?」
いつもの誰も逆らえないような笑顔をリアはセリルに言った。
「さっきの写真。テキトーな文章と一緒にバラまいたら面白いことになるでしょうね。【緑の女王、赤の問題児に襲いかかる。実は肉食系女子だった?】とか」
「ハートネット!!」
「リア、お前それは……」
「嫌なら戻ってこればいいのよ」
「完璧に悪役じゃねえか」
「悪役結構」
楽しそうな顔をしたリアに、クレイはそれ以上言えなくなってしまった。
「さて、どうする? セリル・アーレミア」
「………………」
セリルは何も言わずリアを睨みつける。女と女の戦いがそこにあった。
(こ、こわ……)
(アーレミアさんもリアも迫力あるよね……)
クレイとルットの二人からしたら長い沈黙の後、セリルがゆっくりと口を開いた。
「……いいだろう、戻る。ただし、その写真はとっとと破棄してもらうぞ」
「いいわよ、大祭が終ってからならね」
「くっ……」
悔しそうな顔しながらセリルは立ちあがり、ローブについているほこりを掃った。
「おい、パーシヴァル」
「ん?」
「……例の術装置だがいくつか間違ってる部分がある」
「げ、マジ?」
作品名:文芸部での活動まとめ 作家名:悠蓮