文芸部での活動まとめ
火祭り
「みてみて! あれすっごい!」
興奮した様子で、一人の少女がある一点を指さしながら叫んだ。
少女が指さした先にあるのは一軒の家の窓だ。そこには小さな鉢植えが飾られている。
「なんだろうね、あれ。なんかみどりのばらみたい」
彼女は必死に隣にいる少年に声をかけるが、少年のほうは対して興味がないようだった。
「みどりのばらなんてないよ。それよりはやくかえろう。おれつかれた」
「みたい、っていってるだけじゃない。もう、そんなんだからゆーたはだめなんだよ」
少女の言葉にゆーたと呼ばれた少年はムッとするが、なにも言わずに留めておいた。この幼なじみになにを言っても無駄なことは物心つく前から知っている。
「ねぇあれいったいなんなのかな? みどりのおはななんてめずらしいけど、あれはおはなじゃないみたい」
少女に言われて、ようやく少年はその"みどりのばら"とやらを見た。
たしかに鉢植えの土ギリギリから花が出てるし、普段見慣れた葉っぱや茎も見あたらない。妙な植物だ。
「あれもしかしてはっぱなのかな? あきになったらばらみたいないろにならないかなあ」
「もみじじゃないし、ならないよ」
少年は素っ気なく言うと、一人帰り道を歩きだした。少女にあわせる気などない。
「あ、まってよ! もう……」
慌てて少女は少年の背中を追いかけた。少年もそれに気づいたのか少しだけ速度を弱める。
「ねぇゆーた」
「……なんだよ」
ぶっきらぼうに答える少年に、少女はニッコリと微笑んだ。
「もしわたしのいったことがほんとうだったらどうする?」
「は?」
少女の言葉に少年は首を傾げる。
「もしほんとうにあのみどりのばらがほんものみたいにあかくなったらどうする?」
バカらしいといった顔をして少年は少女に言葉を返す。
「あるわけないだろ」
「だからもしよ、もし!」
そう言うと少女は少年を一気に抜かし、目の前の坂を駆け上がった。
少年も負けじと追いかけるが、少女の方がスタートダッシュが速かった分、追いつけない。
坂を上りきってから、少女は立ち止まった。
「……ねぇ」
いつもと違う少女の雰囲気に少年は戸惑う。
「もし、わたしのいったことがほんとうだったら、そのときは、」
◆ ◆ ◆
「き……に……」
脳裏に浮かぶの幼い自分と彼女の姿。
「お…ろ……き……」
無邪気だった彼女が幼い頃にした約束。
あの言葉の続きは、確か――
「いい加減に起きろ桐谷裕太!!」
「っわぁあああ!」
いきなりの怒鳴り声に驚いて俺は椅子から立ち上がった。そして、今自分が置かれている状況を瞬時に把握した。
「授業中に寝るとはいい度胸だなぁ、桐谷ぃ」
「えっと……ははは……」
さりげなく、助けを求める様に周囲のクラスメイトに目を向けてみるが、みんな必死で笑いをかみ殺してるだけだった。この裏切り者ども……。
「罰として、今週一週間クラス掃除はお前一人でやってもらうからな」
「げ……」
クラス中から歓声が上がる。特に今週掃除当番だった連中の盛り上がりはすごいものがあった。
「いや、でも先生、俺一応部活が……」
「陸上の大会は先週で終わっているだろう。問題ない」
「いやそっちじゃなくてですね……」
「どっちにしろお前が寝てたのが悪いんだ。しっかりやれよ」
「う……」
しっかりやれよ裕太ー!、さぼんなよー! クラス中から声援が飛んでくる。もちろん言葉のあやで、応援の声などではないが。
「よーし、授業を再開するぞ。桐谷、この問五を解いてみろ」
「……げ」
あんたそれ一番難しい応用問題だろうが!!
クラスメイトの笑い声に包まれながら、俺は深い深いため息をついた。
◆ ◆ ◆
「で、部活に出るのが遅れたと」
「……悪かったよ」
一通りの掃除を終えて、俺は部活に顔出した。もちろん先週大会の終わった陸上部ではない、園芸部だ。
そこで俺は、部長にすごまれていた。
「……馬鹿っぽい」
「うるせーよ、彩愛」
さっき見た夢の少女と同じ顔を持つ彼女は、俺の幼なじみで、あの夢の頃からのつき合いだ。
そういえば、何故あんな夢を見たんだろうか。
「まぁいいわ。やっとこっちの方にも顔出してくれたんだし」
そう言って彩愛は笑った。なんというか、にやりって感じで。
後ろを振り向いて、彩愛は何かを取り出した。
「じゃじゃーん!」
セルフ効果音かよ。
「見てこれ! この間ようやく綺麗に色が変わったのよ」
彩愛が取り出したのは一つの鉢植えだ。
そこに植えてあるのは、赤い、薔薇のような植物。
夢で見た「みどりのばら」と同じ種類の植物だ。
あの時は、これがなんなのか検討もつかなかったが、今なら分かる。多肉植物の一種、通称「火祭り」だ。
「……そうか、もうそんな時期だったか」
多肉植物も紅葉などと同じように紅葉する。紅葉し、ひときわ美しい赤い色を出すのが火祭りの特徴だ。
「大変だったんだよ、手入れとかさ。裕太が全然来ないから私一人だったし」
「いい加減、俺以外の部員を見つけろよ」
「できるもんならやってるわよ」
それもそうだ。
俺は彩愛の手にある、火祭りを眺める。よく見る紅葉植物のそれと違い、火祭りの色はどこまでも鮮やかだ。
まるで、赤い薔薇のように。
「っ、なんだよ」
ふと顔を上げると、今まで見たことのない笑顔を浮かべた彩愛がいた。
「ねぇ裕太」
俺の頭の中に夢で見た景色が蘇る。それはつまり、昔の記憶だ。
その時と同じ顔で、彩愛は俺に問いかける。
「昔約束したの覚えてる?」
覚えてるもなにもさっき見た。
もし、みどりのばらが、火祭りが赤く染まったら……。
「そうなったら、ずっとわたしといっしょにいてね」
「……忘れた」
「あっひっどーい、なんで忘れるのー!」
「っるせぇよ! だいたいお前もあんな約束してて恥ずかしくねえのかよ!」
「それは……だって……、ってやっぱり覚えてるじゃない!」
「忘れた! 今忘れた!」
「今ってなによ今って!」
燃えるように赤い火祭りを視界に入れながら俺は思った。
今の俺らの顔は、あれぐらい赤くなっているんだろうな、と。
end
作品名:文芸部での活動まとめ 作家名:悠蓮