断片
変な規制を発するおじさんが鎌を持って、こちらを睨んでいた。なぜかメイドさんの姿をしていて、頭にはネコミミを装備していた。怖い。
「ネコさんの耳だぁ」
妹はぼくの背中から降りて、興味津々に音を見ていた。
「fbhぢhだlkんld」
ぼくは手を引っ張り、足に力を入れた。まだくじけちゃいけない。止まっていてはやられる。
この町はおかしかった。今、思えば、ぼくの住んでいた町は安心できる場所だった。男の人が叫んでいる。女の人が喚いている。子どもが逃げている。老人が殺されている。町に歪な空気が漂っていて、ぼくは体力だけ消費するばかりで、どこを目指しているのか分からなかった。戻る事だってできなかった。だって、後ろを向くと、誰かがついてくるかもしれない。怖くて振り返れない。
走っている途中に民家を見つけた。ぼくはここで一休みしようと、玄関の扉を開けた。鍵を閉め、倒れこむ。走り続けたぼくはマラソン選手になる才能があるかもしれない。ちょっと妹のことを目を離していた。油断していた。
「へぇ、ガキンチョじゃん。ああん、久し振りぃ」
ニタァと笑う白いドレスを着たボブカットのお姉さんがいた。手元には包丁。妹は泣いている。ぼくは息を飲んだ。そして。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」
「ぁん、お兄ちゃんバグちゃってるよ?お兄ちゃん、ダメなんですからねえ」
お姉さんを見る。手元には包丁。裸足で、身長は大きい。ぼくの方が全然小さい。妹は助ける。お姉さんの足にしがみ付く。歯を立て、噛み付く。
「クソっ!!おい、舐めた真似すんじゃねえ」
振り下ろしてくる包丁を交わす。床に刺さる。ぼくはお姉さんの顔に頭突きをかます。ゴツンと音がする。
「いてぇ」
手から包丁が流れる。好機だ。ぼくは抜けやすくなっていた包丁を取り出し、腹をめがけて突き出す。痛みが聞こえる。グリグリと包丁を抉りこむ。思いっきり、突き飛ばされる。
白いドレスが赤く綺麗に染まっていく。ぼくは転がり、妹の手を取り、二階に駆け上がる。部屋に入り、鍵を閉める。下でぼくへの暴言が聞こえる。まだ痛みは抜けていない。窓から抜け出せるかもしれない。
「お兄ちゃん、怖いよ。お兄ちゃん、怖いよ」
妹が涙を浮かべ、震えだす。腰が抜けている。しばらくは立てない。ぼくは。
「大丈夫だから、大丈夫だから」
妹を優しく抱きしめる。強く抱きしめる。精一杯、抱きしめる。
正義のヒーローはどんな時も屈しない。ぼくはコナンの様な頭脳も道具も持ち合わせていないけど、妹を守るくらいの力ならある。怖いって言うなら、抱きしめて安心させてあげる。抱きしめて、大丈夫だよって愛してあげる。ぼくはお兄ちゃんなんだから。
「開けろっ!開けろっ!!」
お姉さんの断末魔が聞こえる。扉が軋み始めている。壊れるのも時間の問題。ぼくにできること。
「明日、ぼくたちは消える」
ぼくは決してここで消えたりしない。消えるとしても、二人で幸せに笑って消えよう。ダメなお兄ちゃんの最後の戦いが今、始まった。