小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

断片

INDEX|2ページ/11ページ|

次のページ前のページ
 



自分の思ったとおりの絵が描けないとき、私は美術室の後ろに飾ってある絵を見ることにしています。中央に飾ってあるその絵は、『星空』。黒と白のコントラストが絶妙的で、私もいつかこんな絵を描いてみたい。誰が描いたのだろうと名前を見ると、『園山茂』と書いてありました。どんな人なんだろう。会ってみたいなあ。

試験期間前は部活を休止となり、当然ながら絵を描くことはできません。ただ筆の調子がやっと乗ってきた私は、少しでも早く完成させたいと思い、誰も居ない美術室に忍び込みました。

「失礼しま~す」

職員室から鍵を借り、美術室へと入ります。悪いことをしているようでちょっと緊張してしまったけど、別に誰かがいるわけでもないし、声を小さくする必要もありません。

「ん?」

中に入ると知らない男性の方一人。黒縁メガネをした私服の方で、我が校の生徒ではありません。

「どなたですか?」

恐る恐る近づき、質問を投げかけます。

「今日は誰も居ないのか?俺は美術部のOBの人間で、挨拶帰りに少し寄ったんだ」

こちらに振り向き、優しい笑顔で私に話しかけてきました。

「今は、試験期間前なので部活が休みなんです」
「タイミングが悪いときに来てしまったみたいだ」

小さく困ったように笑いました。

「君はいいの?勉強しなくて」
「私は、絵を完成させたくて……」
「おお、熱心だ。少し、どんな絵か見てもいいか?」
「はい。えーと、これです」
「これは……」

桜の絵でした。まだ下書き段階なので色は付いてませんが、風景画なことは伝わると思います。

「今から描くんだろ?少し拝見させて貰ってもいいか?」
「はい、大丈夫です」

私は準備を始め、道具を揃え、腰を下ろします。

「あの、名前を聞いてもいいですか?」

まだ名前を聞いていなかったことを思い出しました。過去にどんな絵を描いていたのか。OBとはなかなか会えないのもあり、興味を持ちました。

「ああ、これを描いた奴だ」

指を指した場所には『星空』。あの憧れていた絵を描く人間が、今、目の前に立っていました。

「園山茂さん……」
「今も絵を置いて貰っているのは、ちょっと恥ずかしいな」
「私、園山さんの様な絵を描きたいってずっと思ってました。あの、良ければ私の絵、手伝ってくれませんか?」
「俺で何かできるなら、手伝うよ」
「ありがとうございます」

その日から2人だけの共同作業が始まりました。

HRが終わると真っ直ぐに美術室へと向かいます。

「失礼しま~す」と小さく挨拶をすると「今日も早いな」と暖かく迎えてくれます。

「準備はしといたよ」
「あ、ありがとうございます」

園山さんはとても親切でした。私が来るのを見越して準備をしていてくれます。分からないことがあれば丁寧に答えてくれる。嫌な顔をせず紳士な対応をしてくれて、この楽しい時間がいつまでも続けばいいと願っていました。

「絵のどんなが好き?」
「はい?」

下書きも終わり、あとは塗りの作業。今日も園山さんにアドバイスを頂きながら、ゆったりと絵に向かっていました。

「自分の頭の中にあるイメージを絵にできるのが好きなんだ。見ている景色はそれぞれ違って、写真にはないものを絵では表現できるんだ。俺はそれが好きで絵を描き始めたんだ」

絵に対する意気込みを真剣に語る園山さんはとても素敵で、つい見取れてしまいました。

「君はどう?」
「わ、私ですか。私は小さな頃から絵を描くのが好きで、よくノートの隅っこに落書きをしてました。高校に入ってから真剣に絵を描き始めたばかりなので、まだまだ園山さんの様にいかなくて」
「俺には描けないものをしっかり描いているよ」

後ろで私の様子を眺めていた園山さんが立ち上がり、近づいてきました。私は内心いつもドキドキしながら園山さんと喋っていたため、顔の見える範囲に近づかれるとまともに考えることもできませんでした。

「上手い下手は本来ないんだ。ただ評価の基準が決まっているだけで本来は自由でいい」

私の右手に園山さんの大きな手が重なってきました。ドキドキは最高潮へと達していました。

「ひたむきに頑張る君の姿を毎日見れて良かった。忘れていたものを取り戻した気がするよ」
「そ、園山さん……?」
「ほら、まだ色を塗る大事な作業が残っている。俺も君の作品に直に参加してもいいか」
「は、はひっ」

頭の中が真っ白になり、鼓動がバクバクと止まらないまま、私と園山さんで作業が始まりました。園山さんの色の塗り方や配色の仕方は上手く、大きな手からは考えられないくらい緻密で繊細に筆を動かしています。すごい、すごいと驚いている反面、園山さんの凛々しい顔がすぐ隣にあるのを見ると、どうしようもない気持ちでいっぱいいっぱいでした。園山さんは彼女がいるのかなとぽけーっとしているとチャイムも鳴り、最終下刻時間となりました。

「もう時間か。そろそろ帰ろう」
「は、はい」

夢のような時間が気付けば終わってしまいました。この絵が完成したら、園山さんと会うことは出来なくなるのかな。それは寂しく、胸がキュッと締め付けられるような痛みを感じました。ずっとこの時間が続けばいいのにと願いました。

夢のような時間が気付けば終わってしまいました。この絵が完成したら、園山さんと会うことは出来なくなるのかな。それは寂しく、胸がキュッと締め付けられるような痛みを感じました。ずっとこの時間が続けばいいのにと願いました。

試験期間後も園山さんは顔を出し続けました。物腰の柔らかい園山さんは美術の人たちにも大人気で私の入る隙がありませんでした。もっと絵のこと以外にもお喋りをしたい。園山さんのことをもっと知りたい。
部の時間が終わっても、園山さんと私たち二人の時間は続きました。気が付けば完成間近。桜は色づき、終わりはもうすぐ。

「あと少しで完成か」
「ええ」

2人だけの時間を過ごすのも僅かだと思うと、思うように筆が動きません。

「昔からお別れを言うのが嫌いだったんだ」
「お別れ……」

園山さんから『お別れ』の単語を聞いたとき、私は泣きそうで仕方がありませんでした。園山さんとの時間は貴重なもので、知らないうちに園山さんのことを好きになっていました。でも、恥ずかしくて言葉にすることができない。離れるのは嫌。絵だけが私たちを繋ぐ絆でした。その絆もあと少しです。

「誰かと別れる以上に悲しいことはない。その言葉を口にするのは好きじゃないんだ。さよならと言ってしまったら、終わりなんだなって実感してしまう」
「そうですね……」
「君の絵もやっと完成だ。俺も手を出しはしたが、これは君の絵だ。俺ではこうはいかない」
「園山さんあっての絵です。この淡いピンクの色は私には出すことができませんでした」
「見守っていただけだよ。俺は何もしてない」

言葉を何度も何度も重ねて、この絵が完成したというのなら、この絵は私だけのものじゃない。園山さんと私の2人の絵だ。2人で完成させた絵だ。私だけのものじゃ決してない。

「油断は禁物だ。最後まで手を抜かずにいこう」
「はい」

園山さんの最後の言葉でした。
作品名:断片 作家名:シギ