断片
夜空の向こうに
息が白い。空には満点の星空が広がる。
「………」
隣にいるのは僕の彼女。僕と同棲して3年の月日が経つ。
「寒いね。もう帰ろうか」
「………」
彼女はその場から動かない。耳を真っ赤にしながら、待っている。お目当てのものを見るまでは、動くつもりはない、と無言で主張している。僕は肩を竦め、隣に座る。
何百年間振りに流星が流れる、とニュースで耳にした。僕は体がくたくたで、シャワーを浴びて、すぐにでも布団に潜り込みたかったけど、彼女は許さなかった。新聞紙を片手に行こう、と目を輝かせながら告げた。
「午前2時かー…。眠くない?」
普段はぐっすり睡眠を取っている彼女。僕と違い、健康的な生活を送っている。深夜になるまで起きているのは、大晦日と元旦くらいだ。除夜の鐘を聞きたい、とは彼女の口癖だった。
「………」
目がとろんとしている。体は早く寝てくれと主張を繰り返すが、心が許してくれない。体と心のぶつかり合いが、今、起こっている。両頬を叩き、気合を入れている。
「早く、見れないかなー…」
僕は空を見上げる。普段と変わりない夜空。満点の星空が煌びやかに輝いている。都会の空気では、澄んだ空を見ることができない。車で飛ばし、足を運んできた甲斐がある。僕としては、もう十分だった。
「ちょっと煙草を吸ってくるね」
「………」
僕は立ち上がり、彼女の側から離れた。煙草の煙が嫌いなのだ。同棲し始めてから気付いたことだけど、気管支炎を起こしやすい性質だった。同棲する前は僕に遠慮していたのか、煙草についてとやかく行ってこなかったが、同じ場所で暮らすことになると話が変わってくる。家で平気で吸っていた僕だったけど、定位置はベランダとなった。家の中で一番落ち着くのはベランダかもしれない。
セブンスターを1本吸い、2本目に入ろうとしたところで、夜空に異変が起きた。
流星。
空に小さな動きが見られた。星が流れている。冗談だろ?と目を疑いたいくらいに、綺麗だった。星の大移動のために、寒空の下、待つのも悪くない。いや、見れて光栄だ。貴重な体験をしている、と肌で感じていた。
僕は急いで、彼女の元に戻る。
「………」
彼女は変わらず体操座りをしている。はしゃぐわけでもなく、浮かれることなく、変わらずにいた。
「立ち上がって見なよ。もっと星に近づける」
彼女に声を掛けると、左手を出される。煩いから話しかけるな、と合図を出していたので、僕はゆっくりと、彼女の隣に座る。
「………」
嬉しそうな顔をしていた。先ほどまではぶすっと上を眺めていたのに、今は星空よりもキラキラと輝いている。僕は、流れる星よりも、彼女の顔を見つめていた。
時間にして3分もなかったと思う。夕食を食べる前に家を出たから、かれこれ5時間、この場所で流星を待っていた。何百年間振りの流星とニュースで流れていたが、僕は何百年もの価値を感じなかった。
ただ彼女は、一瞬の輝きのために、頑張っていた。睡魔と闘い、寒さと戦い、空腹と戦っていた。僕がコンビニでご飯を買いに行こうとしても、手を話してくれなかった。側にいて、と静かにサインを送っていた。
そんな彼女も今は、僕の隣でぐっすりと眠っている。お目当てのものを目にした後は、ばったりと倒れてしまった。僕は彼女を背負いながら、車まで戻った。座席に移動しても、意識が戻ることはなかった。無理をして動いていたから、疲れが溜まっていたのかもしれない。早く心地よい布団で寝ることにしよう。
僕は車を飛ばし、アパートへと戻った。
「ただいまー…」
誰もいない部屋に僕は言葉を吐いた。電気を灯さなくても、周りは明るかった。僕は、彼女を定位置に戻した。一人暮らしの汚い部屋に、彼女を寝かせるわけにはいかない。綺麗に整えた押入れの中に、彼女をしまう。
オリビア。マックス・ヴォルフによって発見された小惑星の名前。
冴えない僕に外国人の彼女がいるわけがない。星空の下、誰かと星を待つほど、ロマンチストなこともしない。
全ては夜の幻で、僕の脳内設定だった。
この生活を続けて長くなると、喋らない彼女たちが、声を出している気がする。無言で誘導しているように思える。
僕は寂しくない、悲しくない。また夜になったら、二人で出掛けよう。オリビアばかりに構っていると、アリスが怒り出す。キララ、拗ねないでよ。
まどろみの中、僕は小さな幸福感を胸にし、眠りについた。