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空中庭園都市バベル シャングリラ編 序章

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空中庭園都市バベルを囲む五大陸が一つ、シャングリラ。
荒涼たる砂漠に覆われたこの大陸の東寄りに存在するラゴンの街。
数多ある城塞都市の中でも有数の大きさを誇る鍛治交易の街にその少年が姿を現したのは、昼時を少し過ぎたあたりであった。

乾いた風が砂を舞い上げ吹いている。
小さな店が軒を連ねる一角、通称やぶれかぶれの墓場通りにある食堂では、いつもの如く飲んだくれどもが景気の悪さを嘆きつつ酒を煽っていた。
彼らの酒の肴は不景気であり、雨の少なさであり、嫁の口煩さである。
多種多様ながら不毛なことだけは共通していた。


「んだと、ゴルァ!」
「おー、やんのか?その面、めり込ましてやらぁ!」


酒精の回った勢いのまま喧嘩になるのも日常茶飯事。
乱闘騒ぎもまた常のことであり、彼らの数少ない娯楽の一つであった。


「あーあ、まーたおっぱじめやがった。ベイルに鉄拳お見舞いされても知らねぇぞ」
「店のモンは壊さないで欲しいんスけどねぇ」


厨房に面したカウンターの一席を占拠している男は、見慣れた光景を眺めつつ酒を傾けている。
赤い髪と日に焼けた肌に似合いの無精髭を生やしたその顔は老成しているようにも見えるが、強い光を湛えた鋼色の眼が血気盛んな印象を与えていた。

男は油炒めを手早く調理しつつ嘆く年若い店主に「あきらめな」と心強い言葉を送ってから、店内の一角にふと目を留めた。
小汚い店内に不似合いな少年が乱雑に並んだ長机の端に腰を下ろしていたのだ。

幼い、と評しても差し支えの無い年齢であろう。
だが纏う雰囲気の鋭さと整った容姿とが少年を大人びて見せていた。
玻璃のような光沢を放つ淡い色彩の髪に、湖面よりも深い色をした瞳。
輝石の如きそれを縁取る濃い睫は長く、上がり気味の目尻が少年からあどけなさを消し去っていた。
左腕を撫しながら、男は少年を眺め遣る。


「…見ねぇ顔だな」
「そうっスね」
「でも綺麗な子よねー」


肩口で切り揃えた髪を揺らして、盆を胸に抱えた少女が店主の影から顔を出した。
交易の要衝であるラゴンを訪れる人は多いが、どこか浮世離れした少年の風貌は異質と言ってもよいくらいだ。


「おっ、浮気か?」
「ギオさんたらひっどーい。私が浮気なんてするわけないでしょ?」


ねーっ、と声を揃えて店主と少女は微笑み合った。
ご馳走様としかいいようのない甘々の展開に、ギオと呼ばれた男は慣れた様子でからからと笑う。
二人の睦まじさもいつもの光景なのだ。

少女は店主から大皿に盛った油炒めを受け取ると、件の少年の許へと運んでいった。



「はい。お待ちどおさま」


にこりと微笑んで大皿を机の上に置く。
少年は礼を言うと箸を手にした。
動作の一つ一つが絵になるようだとは正にこの少年のことを言うのだろう。
浮気などするはずがないと豪語していた少女だが、思わず見惚れてしまったのも仕方のないことである。

どこから来たのか世間話でもしようかと少女が考えた刹那、少年の座る机の上に酔漢が一人吹き飛ばされてきた。
先程までの口喧嘩が発展したのだろう。
耳障りな音を立てて皿が落ち、油炒めが床の上に撒き散らされた。


「ちょっと!店で喧嘩しないでったら!」


作ったばかりの料理を駄目にされた上、店内を汚された少女は声を荒げる。
しかしそれ以上に怒り心頭の人物が店内にはいた。


「…貴様ら」


静かに立ち上がる細身の影。
少年は低い声で呟くと、冷然と酔漢を睨み付けた。


「下らん喧嘩で人の食事の邪魔をするな」


酔漢が机の上から吹き飛ばされる。
目にも留まらぬ早さで蹴りを放った少年は、着地と同時にもう一人の酔漢の元へと身を躍らせた。
二人目も同様に蹴り飛ばされる。
軽そうな外見とは裏腹に重量のある一撃だった。
少年の一連の動きを見ていたギオが口笛を吹く。


「あの坊や、なかなかやるじゃねぇか」
「呑気なこと言ってる場合じゃないッスよぉギオさぁん!」


店への被害を考えて青ざめる店主にはお構い無しに、客たちは生意気な少年に制裁を加えるべく取り囲んでいた。
彼らは別段仲間意識が強いわけではない。
単に暴れる口実が欲しかっただけである。

少年は顔色を変えるでもなく、自分を包囲する男たちを一瞥した。
手には何やら大きな布包みを持っているが、開ける様子はない。
食事を台無しにした原因の二名への報復を果たした今、他の客に構ってなどいたくなかった。
だが、そうも言ってはいられない雰囲気に仕方なく腰を落とす。
一触即発の空気が店内に満ちた。


「ガキ相手にムキになるなって」


馴れ馴れしく肩に置かれた手に、少年の眉が不快気に寄せられた。
傍観を決め込んでいたギオが、いつの間にやら少年の背後に立っていたのである。

少年を取り囲んでいた男たちは突然の仲裁に気を殺がれたようであった。
構えた拳はそのままに、どうしたものかと逡巡している。


「お前も気は済んだろ?」
「あんたは…」


少年は尚もギオを睨み付けていた。
あまりに敵意に満ちた視線に、ギオは思わず片頬を歪めて苦笑する。
店主に泣きつかれて仲裁に出てやったはいいが、どうも円満に解決することは出来ないようだ。
面倒なことになったなぁとギオが頭を掻いたとき、店の入り口に新たな人影が出現した。