Wish
「じゃ、お家の方には電話入れとくね」
(でも……いいの?)
「自分から来ておいて、今更遠慮してんじゃねーよ!」
全く! と笑いながら、慎太郎が航の頭を小突く。
「とっとと、風呂入って来い!」
頭の上にバスタオルが乗っかって、航はバスルームへと誘(いざな)われるのだった。
―――――――――――――――
『ごめん。俺、いっぱい、わがまましてる』
風呂上りの第一声……もとい、第一書き。
一応、風呂で落着き、自分のした事に反省をしたらしい。
「今頃気付いた!?」
慎太郎が声を上げて笑う横で航がシュンと項垂れる。
「それ、お祖父さん達に言ってやりな」
微笑む慎太郎に航が大きく頷く。
『良かった。泣いた時、シンタロのお父さんいなくて……』
「え?」
『家族が全員揃ってる所で泣いたら、かっこ悪い』
それを読んで、慎太郎がまた笑う。
「残念だったな」
航が首を傾げる。
「全員揃ってたんだよ」
『だって、シンタロとおばさんだけだったよね?』
「あれ、言ってなかったっけ?」
慎太郎の言葉に航が更に首を傾げる。
「うち、母子家庭」
ペンとメモを持ったまま、明らかに動揺する航。
『お父さんって、死んじゃったの?』
事故? 病気? ……書いていいものかどうか航が戸惑うが、その前に慎太郎の返事がかえる。
「いや。どっかにいると思う」
『それって……』
その後、言葉にならなくてあたふたとメモを消す航を見ながら、
「大丈夫だよ。とっくに吹っ切れてるから! ……てか、母さんの口調だと、そんな感じ」
慎太郎は笑顔のままだ。そして、航は気が付いた。
(だから、さっき“そこにいるんだろ”って……)
『ごめんね』
一言だけ書いて、
(今の質問とさっきのわがまま)
後は胸にしまい込む。
そんな一言メモを見て、
「気にすんなって!」
航の頭をクシャッと撫でる慎太郎。
「結局、母さんにはまだ敵わないな……」
やれやれと航の頭から手を離し、
「あっという間に“説得”しちゃったもん、お前の事」
と慎太郎が苦笑いする。
『俺の、母さんかと思った』
「関西弁?」
そうそう! と頷く航。
「俺もびっくりだよ! 全く、我が母ながら、得体が知れねー」
そして、二人でクスクス。
笑いながら、航が慎太郎を手招きする。
「何?」
何かを書こうとする。が、やめておく。
「何だよ、気持ち悪ィな。途中でやめるなよ」
『おばさんに言うから、いい』
それを見て、慎太郎がピンとくる。
「“墓参り”関係?」
言われて航が頷く。
「ギリギリになって、また、駄々こねんじゃねーぞ!」
ケラケラと笑う慎太郎に、航がプゥーと頬を膨らまし、メモを突き付け、イィーッと顔をしかめて布団に潜り込む。
『そんなに子供じゃありませんっ!!』
どこが子供じゃないんだか……。と、膨らんだ布団を見て、
「おやすみ」
クスクスと笑いながら、慎太郎は並べてある布団に潜り込むのだった。
そして、日曜日。
「ごめんなさいね、慎太郎くん」
駅のホームで航の祖母が謝る。
そう、飯島慎太郎。なぜか、京都行きの新幹線のホームに堀越一家と並んでいたりする。
―――――――――――――――
「シンちゃん! ほら、起きて! はい、これ着て!」
慌(あわただ)しく起こされ、朝食も程々に玄関へ押し出される慎太郎。訳も分からず強引に押し出された玄関には、
「あれ? 航?」
が立っていた。
「ご迷惑かけないように、いい子にしてるのよ」
ハンカチを手渡しつつ、母が言う。
「はい?」
「あら、一緒に行くのよ、京都。言ってなかった?」
クスクスと笑う母。
“聞いてません!”と慎太郎が母を睨み付ける。
「ワザとだろ、母さん!?」
「だって、航くんが『一人だとつまんない』って……」
ねー♪と、母と航が首を傾ける。
(けっ! 侮(あなど)れねー奴!!)
―――――――――――――――
(ま、確かに、祖父さん祖母さんとじゃ“つまんない”か……)
新幹線のホームで航の祖父母を前にして、慎太郎がようやく納得。
「墓参りはともかく。観光に行くつもりで我慢してやって下さい」
お祖父さんにまで頭を下げられる。……ずっと、この調子である。
「僕の方こそ、急にご一緒して……。その、泊まる所とか、迷惑じゃないですか?」
慎太郎はと言うと、宿泊先がホテルとかならとにかく、京都の祖父母の家だと言うから恐縮極まりない。
「折角、京都まで行くんだから、ホテルでも……って思ったんだけど、航ちゃんが貴方だけ別の所はヤダって……」
慎太郎の隣にいる孫を見て、祖父母が微笑む。
(甘いな、祖父さん祖母さん)
“孫に甘い”。それが、祖父母というものである。
「すまないね、慎太郎くん」
「いえ、僕の交通費まで出していただいて……」
新幹線のボックス座席の向かい側で頭を下げ合う慎太郎と祖父母。と、隣の航からメモが差し出された。
『ボク?』
「何よ?」
『シンタロが“ボク”?』
「うるせぇよ、お前は!」
横から首に腕を回されて、声もなく笑う航。
その様子を目を細めて見ている祖父母。
――― 新幹線は、京都へと走り出した。
京都に到着したのは、昼過ぎ。ホームには航の母方の祖父母が迎えに来ていた。
「いつも航がお世話になってます」
おっとりとした京都弁で、航の母方祖母が慎太郎に頭を下げる。その隣で、
「自分の爺婆やと思うて、遠慮のう、何でも言うてな」
母方祖父が微笑んだ。
「あ、ありがとうございます」
何と返していいやら分からず、とりあえず、慎太郎も頭を下げる。
『姉ちゃんとこ、行く?』
航が出したメモに、
「墓参りが先だ」
父方の祖父が航の頭を撫でながら頷く。
「そっちの方が、近いさかいな」
「駄々こねたんやて?」
双方の祖父母の顔を交互に見て、俯き加減に航が頷いた。
「ご迷惑お掛けしたゆうて聞いてますのえ」
母方祖母が慎太郎に微笑む。
「いえ……。そんな、大袈裟な事じゃないです」
妙に照れる慎太郎。背の低い祖母に、もう一度頭を下げる。
「夜にお邪魔して、泊まって来たんだ。立派な“迷惑”だな」
父方の祖父が航の頭を撫でていた手で、ポンと叩いた。途端に航が膨れっ面になる。
『早く、行こう!!』
差し出されたメモに、みんなして笑う。
「車で来てますさかいに、駐車場の方へ。……こっちでんな……」
母方祖父が先頭で歩く。
『紅葉マーク、一歩手前』
「え?」
横目で渡されたメモに驚く慎太郎。が、すぐ前を歩いている母方祖父がそれを取り上げる。サッと目を通し、
「ぬかすな! “一歩”ちゃう! まだ、“五・六歩”あるわ!!」
航の頭に軽くゲンコをお見舞いし、慎太郎を振り返る母方祖父に、
「すんまへんな。手ぇ焼きますやろ?」
「……はい……ちょっと……」
慎太郎が苦笑い。
『なんで!?』
膨れっ面のまま、航が慎太郎に向かう。
「なにが?」
『否定してよ!』
「必要ないじゃん」
ますます膨れる航を横目に、
「正直者だもん、俺」
慎太郎がワザとらしくペロリと舌を出してみる。すると、
『ば』
メモ用紙いっぱいに一文字。
『−』
また、一文字。
『か』