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夏の終わり



 次の週の月曜日、予定より二日遅れで航は祖父母と慎太郎と四人で京都へと向かった。遅れた理由は、慎太郎の通院の為である。退院しても、なんだかんだと病院へ通わないといけなくて、京都の祖父母達には申し訳ないが、二日伸ばす事となった。
「絶対に内緒やからね!!」
 新幹線の中、航が何度も何度も祖父母に念を押す。
「しつこいよ、お前」
 慎太郎が呆れるが、
「姉ちゃんと一緒に驚かすねん。その方が“きっかけ”としてはインパクト強いやろ?」
 テンポのいい関西弁と人懐こい笑顔でスルーする。
 ここ数日を見ていて、“こういう性格だったのか”と航への認識が大幅に変化していくのは紛れもない事実だ。
「“筆談”の時は、大人しい奴かと思ってたのに……」
 それだけ、“事故”が衝撃的であったのだと改めて事故の重大さにも気付いた訳だが……。
「でなっ!」
 一車両中に響いているのではないかという位の航の元気な声。まるで、一年分をまとめて喋っている様だ。
「いやぁ……。もう少し、大人しかったと思うんですけどね」
 困った様に祖父は言うが、目が困っていない。むしろ、嬉しそうだ。
「喋りすぎて、肝心な時に声が出ません! ってなっても知らねーぞ」
 慎太郎が呆れたように言い捨てる。片手で口を押さえて振り向く航。実際、急激な声帯の使用は控えた方がいいと言われていた。要するに、お喋りは控えろという事だ。
「シンタロ!」
「何だよ?」
「いけずっ!!」
 そう言ったきり、航はプイと顔を背けて窓の外の景色を眺め始める。
「“いけず”って……何!?」
 慎太郎が首を傾げるが、航は外を向いたままだ。
「“いけず”って言うのは……」
 眉をひそめて笑いながら祖母が教えようとするが、
「教えんでええ!」
 航が一喝。
「お前なー!」
「京都に着くまで、考えとけ! アホ!」
 この期に及んで口の減らねー奴だな!! と、半ば切れそうになりつつも、そんな航を安心して見ている自分が何処かにいる事に気付き、頭をコツンと叩くだけで我慢する。
「痛いねー!」
「これも“いけず”?」
 再びそっぽを向く航に代わって、祖父に質問を振る。
「ま、そうかな……」
 祖父の言葉に考え込む慎太郎。その隣りで拗ねる航。まるで兄弟の様なその様子に、祖父母は目を細めるのだった。


 京都駅は、新幹線のホームまで京都の祖父母が迎えに来ていた。
「この夏は、二回目どすなぁ。どないしはったん?」
 相変わらずのおっとりとした口調で母方の祖母が「お疲れさんどす」と頭を下げる。
「いや、航が、夏休み最後にみんなで行こうって、きかなくて……」
 しどろもどろに父方の祖父が言っているのを聞いて、航が後ろを向いてクスッと笑う。とんだ“いたずらっ子”だ。
『夏休みが終わったら、しばらくは来れなくなるから』
 メモを書いて母方の祖父母に渡す。
「帆波の様子は?」
 父方の祖母の問い掛けに、
「相変わらずですわ」
 母方の祖父が首を振る。
「それでも、猪口くんがいる時は、なんとのう笑(わろ)てる様な気がしまんのや」
 母方の祖父母が顔を見合わせて微笑む。
『姉ちゃんとこ、行こ!』
 しんみりしている祖父母達の真ん中にメモを突き出して、航が笑った。
「そやな」
「荷物置いて、毅志のギター持って」
 祖父母達の曇っていた顔が、一瞬にしてにこやかになる。
「お前、ホントに侮れねーな」
 祖父母達の一歩後ろを歩きながら、慎太郎が航に耳打ち。その言葉に少し困った様な顔をして、航がメモを一枚、慎太郎の手の中に押し込んだ。綺麗に折られているその様子に、今書いたものでは無いと気付き、そっと開けてみる。
『何があっても、俺の味方をして下さい』
 いつもの生意気な口調との違いに驚いて顔を上げるが、航は既に祖父母の輪の中だ。
 小さなメモを慎太郎はポケットにしまい込み、輪の中へと走って行った。


 京都中央総合病院。ここに来るのは何回目だろう。地元でもないのに勝手知ったる何とやらだ。病室に着くと、猪口氏が“大事な人”の手を握って座っていた。
「さっき着いたんです」
 と一礼する。
「今日は、一時間しかお居れませんけど……」
 そう言って、眠ったままの“大事な人”を見て微笑む猪口氏。
 母方祖母が、猪口氏の向かい側に航用の椅子を用意したのを見て、慎太郎が出て行こうとする。と、航が、慎太郎のベルトを掴んで引っ張った。
「ここにいろって?」
 にっこりと頷かれ、航の斜め後ろの壁に寄りかかる。
 航がタクシーの中で手早くチューニングしたギターを一呼吸して弾き始める。航のギターは、その時の航の精神状態がそのまま反映する事に気付いたのは春休みの“あの時”だ。今日、今まで切なく聴こえていたメロディが、少し穏やかに聴こえるのは、航が声を取り戻した所為だろうか?
 みんなが見守る中、曲が終わり、航がギターを置いた。いつもの様に姉の手を握り、その手を頬に寄せる。
「……姉ちゃん……」
 母方の祖父母と猪口氏が、弾かれた様に航を見る。
「……俺……声、戻ったで」
 顔を上げ、祖父母に微笑む。両手で口元を押さえている母方祖母と口をパクパクしている母方祖父に、廊下を指差し立ち上がると、
「……また、来るから……」
 微笑んでいる猪口氏に一礼し、航がドアへと向かった。
 そして、父方の祖父母に続いて母方の祖父母が部屋を出、その後ろに航が続こうとしたその時、猪口氏の息を飲む音が聞こえた。何事かと思って振り返る。
 猪口氏が目を丸くしてこっちを見ている。その目がベッドの上へと移動し、みんなの視線も移動する。
 眠ったままだった枕の上の顔が、ゆっくりとこっちを振り返った。
「……航……?」
 自分の後ろにいた慎太郎を押し退けて、航がベッドへと駆け戻る。
「姉ちゃん……」
「……うち……」
「……おかえり、姉ちゃん……」
 溢れる涙を拭いもせず、航が微笑み、
「……ただいま……」
 姉が弱々しく返事を返した。
  ―――――――――――――――
 この日の病室はあわただ慌しかった。
 航が声を取り戻した上、一年間意識不明だった姉まで意識を取り戻したのだから……。航に関しては関東の病院からカルテやら検査結果やらがコピーされ、それを持って来た祖父から京都の医師に手渡された。姉は、きっとこれからが大変だろう。意識を回復した事で、チューブからの栄養補給が口からに徐々に変わっていく。ずっと寝たきりだったので筋肉も退化しているから最初は手を動かす事すら体力を使うだろう。
 軽く診察を終えた医師が説明している横で、姉が、身体の異常に気付く。
「……脚の感覚がないわ。手ぇとかは分かるのに……」
 身体の起こせない姉には、自分の下半身を見る事が出来ない。
「ずっと寝てたからやろか?」
 首を傾げる姉に、祖父が目線を合わせる様に屈み込み話し始める。
「帆波、気をしっかり持って聞いてくれるか? お母さんは“航”をお父さんは“帆波”を抱え込んで崩れて来た土砂から守った。その結果、お前らは“二人”になってしもうた」
 姉の顔がみるみる悲しみに染まり、隣りにいる猪口氏が黙って頷く。
作品名:Wish 作家名:竹本 緒