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 航の祖父母が恐縮する中、
「堀越航さんは、いらっしゃいますか?」
 奥から出てきた看護師の声が響き、全員がそちらに振り向いた。
「一応、診察と検査を受ける様にとの事です。堀越航さんは?」
 クルリと見回し、航の位置で看護師の視線が止まった。
「俺、です」
 頷き、
「こちらへ……」
 看護師が手を伸ばし誘導する。
「航ちゃん!?」
「お前、今……」
 驚く祖父母に小さく笑い、航が奥へと姿を消した。
  ―――――――――――――――
 検査から戻って来ると、航は祖父母から“話す”事を要求された。一年振りの孫の声に喜ぶ二人。慎太郎母に背中を押され、航が仕方なしにボソリボソリと話す。
「うん。明日、検査結果を聞きに来て下さいって」
 嬉しそうに何度も頷く祖父母を見て困った様に微笑みながら慎太郎母を振り返ると、良かったわね、と微笑み返され、対応に戸惑う。
「シンタロは?」
「さっき意識が戻ったのよ。大丈夫、元気だから」
 それを聞いて、ホッとする航。
「……明日、検査結果の後に来てもいいですか?」
 聞く事じゃないでしょう? と笑いながら、
「勿論よ」
 慎太郎母が頷く。
「木綿花も、明日また来るって言ってたな」
 その言葉に、木綿花がいない事に気付く。
「もうこんな時間だから、帰らせたの。そしたら、“明日、来るから”って」
 そして、腕時計を見て、
「私達もそろそろ帰りましょうか?」
 と堀越老夫妻に微笑む。
「えぇ、そうですね」
「明日は、私が付いて……」
 と、手を取る祖母に航が首を振る。
「検査結果だけやから、一人で大丈夫」
「でも、航ちゃん」
「シンタロのお見舞いもしたいし……。多分、木綿花ちゃんも一緒になるから。祖母ちゃん、間が持たへんで」
 と、ここまで言ってハタと気付く。祖母は“傍にいたい”のだ、と。
「じゃ、検査結果、一緒に聞いて。俺、その後でお見舞いに行くから……。そっからは俺一人でいい?」
 祖母に微笑みかけた所で、慎太郎母がチョンチョンと航の肩を突付いた。気が付いた航が慎太郎母を見ると、小さく、目配せを祖父へと向ける。航が笑いながら頷く。
「祖父ちゃんも一緒に三人で来て、結果聞いたら、俺一人。それやったら、ええ?」
「まぁ……」「それなら……」
 祖父母二人が納得した所で、慎太郎母が呼び出したタクシーに四人揃って乗り込み、病院を後にした。


 翌日の昼過ぎ、航は病院の玄関で祖父母を見送ると一人で病院の中へと戻った。肩にはギターケース。受付を足早に通り過ぎ、奥にあるエレベーターへと向かう。慎太郎の病室は三階。慎太郎母が言うには、右腕を骨折しているものの他はいたって元気だそうだ。後遺症が残りそうな怪我はなく、午前中は「退屈だ」を連発していたらしい。
 エレベーターを降り、聞いておいた病室に向かう。短期の上、検査で出入りが頻繁だからと加害者側からの配慮もあり、個室だというから驚きだ。
“コンコン”
 部屋に着き、ノックをする航。が、返事が無い。
“コンコン”
 もう一度ノックをしてみる。……やっぱり、返事が無い。また検査かな? と思いながら、そーっとドアを開けてみる。ベッドの布団がこんもり膨らんでいるのが見えた。慎太郎だ! 部屋に入り、そのまま後ろ手でドアを閉める。ベッドの脇に椅子がひとつ置いてあるのを見つけると、航は真っ直ぐそれに向かった。
 航が入って来たのに反応がない。近付くにつれ、航は慎太郎が寝ている事に気付いた。固定された片手が痛々しい。手を伸ばしギプスに触れてみる。
(おばさんは、怒ってないって言ってたけど……)
 ふと、癖でポケットにペンが入っている事に気付いた航。ギプスの隅に小さな字で一言書くと椅子に腰掛けギターを取り出した。チューニングは家でしてきた。音をいくつか確かめて、航は演奏を始めた。
 静かな曲が小さな音で病室に響く。姉の為にいつも弾いていた曲だ。慎太郎の好きな曲が分からないから、とりあえず、今日はこれで……。起きたら、好きな曲をいくつか聞いて、今度来る時はそれを弾く。
(でも……。もし、怒ってたら……)
 勿論、一番最初に謝る事は決めている。でも、それでも許してくれなかったら、自分はどうしたらいいんだろう?
 そんな事を思いながら、曲のクライマックスに差し掛かった時だった。
「……っせぇな……」
 慎太郎の声がした。
「怪我人の昼寝中に、ギターなんか弾いてんじゃねーよ」
 笑いながら慎太郎が航を見ている。
(……怒って、ない……?)
「ほら! な・ん・と・か・言っ・て・み・ろ!」
 ツンツンツンと航の額を突付きながら、やっぱり笑ってる慎太郎。そんな慎太郎の笑顔を見て、
「えへへ……」
 安心した航に笑みが漏れる。そして、最初に言うと決めていた言葉。
「シンタロ……ごめん……」
 言葉と同時に、謝罪と安心で涙が零れた。
「あーあー、泣いてどーすんだよ!」
 慎太郎に箱ごとティッシュを渡されて、航が涙のまま笑う。
「……夢じゃなかったな……」
 鼻をかむ航を見ながら、慎太郎が呟く。
「何が?」
 首を傾げる航を指差す。
「喋ってる。母さんに聞いても“さぁね”しか言ってくんないし、事故のショックで夢見ただけかなって思っちゃったよ」
 そう言って笑うと、今度はマジマジと航を見る。
「な、何?」
「筆談の時は気付かなかったけど、やっぱ、関西弁なんだなって」
「京都の子やから。……変、かな?」
「いや、似合ってる。お前にも、その声にも。……良かったな。声が戻って」
「うん……」
 恥かしそうに頷きながら、航がギターを爪弾きだす。
 この夏、慎太郎がやたらと歌っていた(歌わされていた?)あの曲だ。
「こんな状態で歌えってか?」
 入院患者よ、俺。と、慎太郎。
「口は動くやん」
 ちなみに俺は、通院患者。と、航。
「なんだよ、それ」
 ケラケラ笑いながらも、つい歌い出してしまう慎太郎。一応、病院内なので小声だが……。習慣とは、恐ろしいものだ。
 そして、曲がサビに掛かろうかという所で、
「何やってんの!?」
 ドアが開いて、木綿花が入って来た。
「航くんのギターだけでも目立つのに、歌ってどうすんのよ!?」
 全くもう!! とドアを閉め、
「“患者”でしょ、あんた達は!!」
 腰に手を当てて睨んでくる。
「……目立ってた? 俺……」
 自分を指差す航を、ジッと見る木綿花。
「木綿花ちゃん?」
 顔を覗き込んでくる航を見て、
「航くん。良かったね」
 木綿花が満足気に笑った。
「事故で動揺して、夢見てただけだったらどうしようかと思ってたの」
 持って来た荷物をベッド脇のワゴンの上に置いて、ちょっぴり涙目。
「……ありがと……」
 恥かしそうに航が頭を掻く。
「慎太郎は、その腕、いつまで?」
 ガサガサとワゴンの扉を開けて何やら探しながら木綿花が問い掛けた。
「完治が一ヵ月だってさ」
「新学期、始まっちゃうね……」
 頷くと同時に探し物の花瓶を見つける。
「航くんは?」
「俺?」
 どこにも怪我はしていないのに……と航が首を傾げる。
「京都に帰るんでしょ?」
作品名:Wish 作家名:竹本 緒