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 木綿花の気遣いに、航が嬉しそうに頷く。
「ま、この姿見たら、お祖父さん達も“ダメだ”とは言えないな……」
 呆れた様に言う慎太郎に、航がピースを出す。
「“計算”なの!?」
「腹黒ぇ奴!」
 並んで歩く傘の下、木綿花と慎太郎がケラケラと笑った。
 航の抱きかかえる子犬の名前を考えながら歩く事数メートル、もうすぐ公園の出口という所で、
「キャッ!」
 光る空に木綿花が小さく悲鳴を上げた。
「大丈夫だよ、まだ、遠いから」
 音が鳴るまでの時間を見て、慎太郎が言う。
「お前は、音の方がダメだっけ?」
 隣りの航に問い掛ける。
 雷の音が、土砂の音と重なるのだろう。航ときたら、稲光は平気なクセに、雷鳴が鳴ると動きが止まる時があるのだ。
「せめて雨宿り出来そうな所までは歩いてくれよ。この傘に二人じゃ、立ち止まってたら余計に濡れるぞ」
 慎太郎がそう言った時だった。遠くで大きな音が聞こえたのは……。航がビクッ! と反応する。抱え込んでいる手に変に力が入り、驚いた子犬が航の腕から飛び出した。同時に空がまた光り、それに後押しされるかの様に子犬が走り出す。子犬の足は思ったより速い。手元からタオルが落ちた事にも気付かずに、航が子犬の後を追う。公園を出てすぐは幅の狭い歩道だが、その先は……車道だ! 既に駆け出している航の後を急いで慎太郎が追う。
「航!」
 声を掛けるが、自分達の走る音と雨の音に消されて、航まで届かない。そうこうしてる間に、子犬が歩道を飛び出した。すぐさま航が追い付き、子犬を抱え上げる。慎太郎がようやく歩道へと駆け込んだ。
「航!」
 戻れ! と声を掛けようとした途端、響くクラクション。振り返る航。急ブレーキ。車道の景色が止まって見えた。木綿花はまだ、公園の出口にさしかかった所だ。立ち竦む航を見止め、慎太郎が傘を投げ出し車道に飛び出す。手を精一杯伸ばし、航の身体を抱え込む。
 鈍い音と共に、身体に衝撃が走った。
  ―――――――――――――――
“キキキーッ!!”
 ブレーキの音が聞こえたかと思った途端、
「航っ!」
 慎太郎の声と同時に、何かが視界を遮り、鈍い音と衝撃が航を包み込んだ。腕の中、子犬がクーンと声を上げる。どうやら無事の様だ。ふと、雨とは違う“濡れた”感触に航が自分の額に手を伸ばす。
(赤い……雨?)
 違う、雨に色はついていない。
(頭……。赤い……。血?)
 前にもあった。抱え込まれて、血が……赤くて……。
(お母ちゃん?)
 それも違う、母はもういない。
(……じゃ、これは誰の……?)
 航が自分を抱え込んでいる手を見る。母とは違う大きな手。いつも自分の傍にいてくれる、慎太郎の……手……。
 片手で子犬を抱え、もう片方の手で慎太郎の手に触れる。微かに握り返してくる反応に、身体を反転させて確認する。……確かに、慎太郎……だ。降りしきる雨に流されて、どこから血が出ているのか分からない。
 自分を守る様に回された腕を見る航。
 目の閉じられている頬を叩く。反応が無い。震える航の唇が動く……。
「……ン……タロ……?」
 開かない瞳に今度は肩を揺さぶる。
「……瞳(め)ぇ……け、て……」
 駆け寄ってきた木綿花が、立ち竦む。
「……シンタロ……」
 しがみ付く様に崩れる航の頭に、弱々しく重みが掛かる。頭を包み込むかの様な大きな手。
 慎太郎だ。
「……声……出たじゃ……ん」
「……シンタロ……」
 こんな事で死んだりしねーよ。と、笑ってみせる。
「119番しましたから……」
 沈痛な面持ちで、事故車から降りてきた人達が木綿花に告げる。
「……いって痛ぇ“きっかけ”……」
 涙だか雨だか分からない航の頬をペンペンと慎太郎の大きな手が叩くと、航が少し笑った。それを見届けるかの様に頬から手が落ちる。落ちた手に伸ばした航の手が震える。
「慎太郎―っ!!」
 ……遠くからサイレンが聞こえていた。


 救急車に同乗するときかない航を抑え込み、木綿花は子犬ごと航をタクシーに乗せて救急車の後を追った。救急車に同乗したのは、事故車の後部座席に乗っていた男性だ。運転していた男性は警察の事情聴取に合っている。いずれは、木綿花達も呼ばれるであろうが、慎太郎の容態が先決だ。
 病院に着いて間もなく、慎太郎の母が真っ青な顔をしてやってきた。真っ直ぐに木綿花達の方に歩いてくると、木綿花の頭を撫で、泣きじゃくる航を抱き締めた。
「大丈夫よ。命に別状はないって……」
 自分に言い聞かせる様に慎太郎母が呟く。抱き締められた腕の中、航が涙でクシャクシャになった顔を上げた。
 自分の所為でこんな事になっているのに、この人は、どうして怒らないのだろう……と。
「みんなが無事で、良かったわ」
 微笑すら浮かべて、そう言い切る。
「……香澄(かすみ)さん……」
 木綿花は慎太郎の母を名前で呼ぶ。
「お小言は後でたっぷりね」
 今は、落ち着く事が先よ。と慎太郎母が頷く。
「……俺……飛び出したりしたから……」
 抱き締められている身体を離しながら、航が涙声で言った。途端に、慎太郎母に両手で頬を挟まれ顔を上に向けられる。慎太郎の母の顔を直視できなくて、思わず目を閉じる航。
「航くん! 声!!」
 怒られると思って硬く瞑っていた瞳が丸く開かれる。
「……良かったね……」
 優しい声と同時に、押し離した体が、再び抱き締められた。
「今は意識はないけど、命に別状はないって……。連絡をしてくれた人が教えてくれたの」
 慎太郎母の微笑みに、木綿花がピンと来る。きっと、連絡をしたのは、救急車に同乗した、あの紳士だと。
(でも……)
 木綿花が不思議そうに慎太郎の母を見る。
(一体、誰から、連絡先を聞いたの?)
 不思議に思うが、ここで訊くべきではないと感じ、ひとまず胸にしまい込んだ。
「……ごめんなさい……」
 手首で涙を拭いながら航が言う。
「腕を骨折してるけど、傷は浅いものばかりだし。二・三日は検査入院だろうけど、心配はいらないのよ」
 優しい言葉が辛い。
「ごめんなさい……」
 いっそ、罵倒してくれた方が苛まれずに済むのに。と、声が大きくなる。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめ……」
「航くん!」
 慎太郎母に肩を揺さぶられ、言葉が途切れた。
「言ったでしょ? 怒るのは後。みんな、無事だったんだから……」
「……でも……」
「慎太郎も怒ってなかったでしょ?」
 その言葉に、隣りにいた木綿花が頷く。慎太郎母と木綿花の顔を交互に見て、言葉を飲み込む航。
「ほら……」
 そして、慎太郎母に肩を叩かれ、航が顔を上げると、
「航!」「航ちゃん!」
 心配そうな祖父母が、丁度駆け込んで来た所だった。
「飯島さん。この度は、本当になんとお詫びしてよいやら……」
 航の祖父母が深々と頭を下げる。
「頭を上げて下さい」
 いいんですよ。と微笑みながら慎太郎母が言う。
「怪我も大した事ないですし。事故を起こした方が、治療費は全額負担するとおっしゃってましたから……。……それに……航くんはワンちゃんを慎太郎は航くんを……。それぞれが“助ける”為に動いたんです。そこは分かってあげないと」
 無事だったから言える事ですけれど……。と、やっぱり微笑む。
作品名:Wish 作家名:竹本 緒