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 部屋を見回すと、いかにも“引っ越してきたばかりです”感いっぱいのダンボールと、ベッドと机とたんす。必要なもの以外は、まだダンボールの中の様だ。
「あれ、お前の家族?」
 机の上の写真を指差し訊ねる。
 左上に父、右上に母、左下に姉、右下に転校生。
 写真を振り返る事無く、転校生が頷く。
「みんな、まだ、仕事中?」
 今度は首を振る。
 “あー、もう! 埒あかねー!!”と、慎太郎が頭を掻いた。
  すると、それに気付いたのか、転校生がメモとペンを取り出した。
「なに?」
 サラサラと文字を書く。
『ごめんね、祖母ちゃん、強引で』
「いいよ。俺も、ちゃっかり上がり込んじゃったんだし……」
『でも、家の人が心配するでしょう?』
 聞いている当人の方が心配そうな顔をする。
 いつもそこそこ遅くまでブラついてるから平気だよ。……とは、この顔を見た後では言えない。
「電話しときゃ平気だよ。借りれる?」
 こぶしの小指と親指を伸ばして電話のゼスチャーをしてみせる。それを見た転校生が慎太郎に自分の携帯を手渡した。
 母の携帯にかけつつ、話せないのに携帯? と少し疑問に思う。
 話し終わり、
「サンキュー!」
 と、返した途端、着信が鳴った。携帯を開く転校生。どうやらメールのようだ。
(なるほど、“メール”ね)
 納得した所で聞いてみる。
「ご両親、帰ってくるって?」
 両親が帰ってくるのであれば、ここは帰るのが礼儀だろうと思う。
『ここは、祖母ちゃんと祖父ちゃんと俺だけ』
 差し出されたメモに、えっ? と転校生の顔を見る。
『俺だけ、こっちに引っ越して来たから』
「な……んで?」
 聞いてはいけない、事かも、しれない。
 そう気が付いて、慌てて首を振る。
「あー。あれだよ。無理に答えなくても、いいから」
 返答に困っていた顔が、笑顔で頷いた。それを見て、慎太郎はホッと胸を撫で下ろしている自分に気が付く。他人にとっては些細な質問でも、された方には嫌な事だってある事は“片親”の慎太郎自身にも経験がある。あの時の思いは、まだ憶えている。それを自分もやってしまう所だった。
 再び部屋を見回し、話題を探す。
 ふと、目に止まる、机の脇のギター。
「お前、ホントにギター好きなんだな」
 慎太郎の目線に、ギターを振り返り頷く転校生。
「俺はダメだな。不器用だし……」
 と、転校生が手を伸ばしてきた。されるがままに、片手を持っていかれる。
『手、大きいし、指も長いから、ギター向きかもしれない』
「え、そうなの!?」
 言われて見ると、転校生の指、確かに長い。
「へーぇ。そうなんだ……」
 自分では何も出来ないし取柄も無いと思っていただけに、素直に嬉しい。
『不器用かどうかは、努力次第』
 自分の指を眺めていた慎太郎の目の前に、メモ。
 顔を上げた先に、ニコニコと転校生の顔。
「お前、言うじゃねーか!」
 メモを持っていた方の肩をチョイと押す。声もなく、エヘヘと笑う転校生。
 そこへ、部屋のドアを開けて、祖母が声をかけてきた。
「航(わたる)ちゃん。夕食だけど、お友達もご一緒して頂く?」
 祖母の言葉に反応した転校生がジッと慎太郎を見る。
「一緒に……って……」
 丸い大きな瞳が、瞬きもせずに見詰めてくる。そして、
「じゃ、母に連絡します」
 その視線に耐え切れなくなった慎太郎は頷かざるを得なくなったのだった。
  ―――――――――――――――
「今度こそ、“明日、学校でな”」
 夕食後、玄関まで見送ろうとする祖母を制し、とりあえずは二人で玄関先である。
「俺が来た事が、よっぽど嬉しかったんだな、お祖母さん」
 その言葉に転校生が頷き、メモを渡す。
『今日はありがとう』
「俺こそ、“ご馳走様でした”って、伝えておいてくれよ」
 そう言って、メモをクシャッと握り締めて、そのままポケットに……。
「じゃ、な!」
 後ろ手で手を振り歩き出す。
 二・三歩歩き、ふと何かを思い立ち慎太郎が振り返る。転校生は、玄関先で丁度背を向けたところだ。その後姿に、
「明日も、音楽室、行く!?」
 声を掛ける。びっくりした様に振り向いた顔が大きく頷いた。
「じゃぁな!!」
 もう一度手を振り、今度こそ、慎太郎は家路に着くのであった。


「いってきまーす」
 誰もいない玄関に声を掛け、鍵を閉める。母はとっくに出勤済みだ。会社まで少し距離がある為、慎太郎より早く出発しないと間に合わない。家にいる時は“おっちょこちょい”の“少しオマヌケ”な母だが、ああ見えて、仕事の出来る派遣社員として会社では通っている(らしい)。
「珍しいわね、シンちゃんが“お友達”の話しなんて……」
 夕べの母のセリフである。色々あって、“友達”って面倒くさいと思ったのが小学校高学年。別に暗い性格でもないので、学校内では適当に話しはするものの、外で遊ぶという事はなくなって久しい。
「でも、なんか分かるわ……。放っておけないんでしょ?」
 クスクスと笑う母。こういう所は“父”に似ているらしく、それが母には嬉しいのだ。
「……んなとこ似てたって、嬉かねーっての!」
 こんな状態なのに、まだ“父”の事を想い続けている母。それが愚かな事なのか、幸せな事なのかは分からない。でも、母を見ていると“父”もそんなに悪い人間ではないのかもしれないと、時々思う。
 片手の指にキーホルダーをはめて、チャリチャリと鳴らしながら歩く。もうすぐ、堀越宅の前だ。
「あれ?」
 堀越宅の前に人影が見える。気にしながらも通り過ぎようとしたその時、その人影が、ペコリと頭を下げた。
「堀越、くん?」
 通り過ぎつつある自分に、転校生が急ぎ足で近づいてくる。
「俺を待ってた?」
 頷き、メモを書く。
『祖母ちゃんが、一緒に行ってもらえって』
「それで待ってたわけ?」
 その言葉にブンブンと首を振る。
『一緒に行きたかったから』
 小さな子供の様な笑顔だ。
「なんで?」
 う〜ん……と首を傾げて、メモをもう一枚。
『ギター、褒めてくれたから?』
 それを見た慎太郎が思わず吹き出す。
「なんで“疑問形”なんだよ!」
 つられる笑顔が、また子供の様だ。
 そんな声も無く笑う二人の横を
「のんびり歩いてると、遅刻するわよっ!!」
 元気な少女の声が、高速で過ぎ去った。
「うるせぇなっ! こう見えて“皆勤賞”だよ!!」
 転校生が自転車で走り去った少女を指差す。
「あいつ? 俺のお隣りさん。うるせぇんだ、こーんなチビの時から」
 と片手を膝の辺りまで下げて説明する。
 伊倉木綿花(ゆうか)。姉御肌で面倒見が良くて、現在クラス委員である。
「クラス? 俺とおんなじ!」
 慎太郎が胸の組章を指差す。
『彼女?』
「違うよ!」
 やめてくれよ、と手を振って否定する。
「あいつ、俺の母さんと仲良くってさ。なんか監視されてるみたいで、苦手なんだ」
 その言葉に、やっぱり声無くクスクスと笑う。
 ――― そして、二人揃って角を曲がった。その瞬間、
「キャー!!」
 悲鳴と共に、
“ガシャーン!!”
 何かがぶつかる音。同時に、
“キキーッ!!”
 とてつもなく大きなブレーキ音が響いた。
「何だ!?」
作品名:Wish 作家名:竹本 緒