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「……ん?……」
 放課後の廊下。やる事がなくて、でも、帰る気にもなれなくて、ブラついていた校舎の中、音楽室の前でふと、足を止めた。
 飯島慎太郎。只今中学二年。父親の顔は知らない。でも、
「素敵な人なのよ」
 と少女の様に笑う母を見て、追求するのを止めたのは、五年生の時だったのをおぼえている。そして、「……だったのよ」ではなく「……なのよ」の言葉から、父はまだ健在なのだという事も……。
そんな中二の秋。本来なら反抗期に突入したい所だが、母一人子一人のこの状況では、たった一人の家族に負担を増やすだけだ。訳の判らないイライラをぶつける所は何処にもない。せいぜい、放課後ギリギリまで学校で時間を潰すのが関の山だった。
 そして、今日も、当てもなく、最上階の四階へと足を伸ばした。
「いい子過ぎて、嫌になる……」
 一人呟きながら、階段を上る。
 四階の一番端は音楽室である。
 試験前だから、吹奏楽部も合唱部も休部中の筈だ。悪戯にピアノでも……と思って来たのだが、立ち止まったドアの前、
「……ギター?……」
 の音が聞こえた。
「そー言えば、“フォークソング部”ってのがあったっけ……」
 ちなみにフォークソング部は、この春、最後の部員が卒業して廃部になっている。
「先生が弾いてんのかな? ……号泣してたもんな、あの先生」
 クスリと笑い、ドアを開ける。
 すると、ピアノの椅子に、窓に背を向け学生服が座っていた。夕陽が背中から当たっていて、顔がよく見えない。が、学生服を着ているのだから、生徒である事は間違いない。何年生だろう? 小さいから、一年生かもしれない。それにしても……上手い。“フォークソング部”なんてもんじゃない! 素人の慎太郎が聞いても判るくらい、上手い。
結局、開いたドアもそのまま、丸々一曲、立ち聞きしてしまった。
“パチパチパチ……”
 曲が終わると同時に、思わず拍手。と、
“ガタッ!!”
 学生服が弾かれた様に立ち上がった。驚いて慎太郎の方を見るが、慌てて奥の準備室へ行こうとする。
「おいっ!」
 ムッとした慎太郎が回り込み、準備室の前で腕を掴んだ。
「なんで逃げるんだよ?」
 掴んだ腕を上に返す。大きな瞳が怯えた様にこちらを見ている。
「……お前……転校生……?」
 つい先日、隣のクラスに転校生が来た。それは知ってる。チラリと姿も見た記憶がある。が、詳しい事は判らない。
 掴んでいる腕に力が入っている事に気付き、
「ゴメン」
 慌てて離す。
「別に怒ってる訳じゃなくてさ……。ただ……」
 怯えたように見上げてくる転校生に、慎太郎の言葉がゆるくなる。
「ただ、拍手に対して、ちょっとはいい反応して欲しかっただけ、なんだけど」
 その言葉に、転校生がペコリと頭を下げた。
(え? それだけ?)
 素気ない反応に、
「せめて、“ありがとう”くらい……」
 思わず零した慎太郎に転校生の眉が困った様にバランスを崩し、再び、カチンとくる。
「なんだよ。“ありがとう”は言えねーってのか!?」
 掴みかかると同時に、転校生の腕がピアノに当たり、不協和音が部屋に響いた。
 慎太郎と転校生が同時に驚く。
 そこに、
「どうしたのっ!?」
 準備室から、音楽教諭が血相を変えて飛び出して来た。
「何してるの!? 飯島くん、離しなさい!!」
 言うが早いか、教諭が転校生に掴み掛かっている慎太郎にツカツカと近づき、その手を叩(はた)いた。そして、そのまま二人を引き離す。
「大丈夫? 堀越くん?」
 教諭の問い掛けに頷く転校生。
(あー、“堀越”って言うんだ、こいつ)
 妙なところで、転校生の名を確認。
「で、何をしようとしてたの?」
 軽く腕を広げ、華奢な教諭が二人の間に立ちはだかる。
 “しょうがねーなー”とばかりに溜息をつき、慎太郎は説明を始めた。
「音楽室の前を通りかかったら、ギターの音が……」
 教諭に割って入られ、不貞腐れ気味に淡々と話す。
「……で、ちょっとムカついて……」
 教諭の顔が、先刻の転校生みたく困った様に眉をひそめた。
(何だよ、その反応は……)
 慎太郎の眉間にしわがよる。
「飯島くん、隣のクラスだから知らないのね」
「はい? 何を?」
「堀越くんね……」
 不安そうに見上げる転校生を“言った方がいいから”と制し、転校生が小さく頷く。
「堀越くんね、“話せない”のよ」
「え?」
 一瞬、自体が把握できずに、転校生の顔を見詰める。
「色々“事情”があってね。一過性のものだから、いずれは又、話せる様になる筈なんだけど……」
 教諭に向けていた視線を転校生に戻す。と、謝罪のつもりなのだろう、転校生が再びペコリと頭を下げた。
「だったら、最初っからそう言って……」
 ここまで言って気が付く。転校生は話せないのだと……。
「ギターが好きって聞いたから、それが何らかのリハビリになれば……と思って」
 教諭の言葉に、
「あぁ、それで……」
 と、納得し、
「でも、マジ上手いよ、お前」
 慎太郎が転校生に微笑みかける。その言葉に、転校生が恥かしそうに笑い、また、頭を下げた。
 と、転校生が外を指差す。
 今にも沈み終わりそうな夕陽が、窓の外いっぱいに空を茜色に染めている。
「帰らなきゃ、ね?」
 教諭の言葉に転校生が頷いた。
「飯島くんって、家、どこだっけ?」
 振り向きざまのその言葉にピンと来て、
「同じ方向だから、一緒に帰れ、って事ですか?」
 教諭の顔を見る。
「お願いね」
 勘のいい子って好きよと、教諭が微笑む。
(ま、驚かしちゃったし……。仕様が無いかな、今日は)
 綺麗な夕焼けを見ながら、慎太郎は転校生を振り返った。


「……で、こっちでいいの、お前ん家?」
 自宅が近づいて、黙って付いてくる転校生を振り返る。
 頷く転校生。
 ふーん、とそのまま歩く。話しかけても返事が返ってくる訳ではない。だから、必要な事以外は声をかけずに淡々と歩く。時々振り返ってみるが下を向いたままなので、やっぱり会話は不可能だと思う。
(なーんか、厄介な事引き受けちゃったかも……)
 と、小さく溜息をつく慎太郎。その途端、
“クイッ”
 制服の上着の裾を後ろから引っ張られて、驚いて振り返る。
「な、何?」
 溜息、聞こえちゃったかな? と焦る慎太郎をよそに、裾を掴んだまま、転校生が横に建っている家を指さす。
「ここ?」
 表札を見ると“堀越”の文字。
「お前ん家?」
 問われて頷く。
「じゃ、ここまでだな」
 再び頷き、ペコリと頭を下げる。
「明日、学校でな」
 軽く手を振り、慎太郎は転校生に背中を向けた。


(なーんで、俺は“ここ”にいるかな?)
 堀越家の二階の一室で、首を傾げる慎太郎。
「明日、学校でな」
 と、手を振った。そう、確かに振ったのだ。なのに、今いるのは……。
「堀越くん、あれ、お前のお祖母さん?」
 問いかけに申し訳無さそうに転校生が頷く。
 手を振って立ち去ろうとした自分を
「あらっ! あらあらあら! お友達?」
 と強引に引っ張り込んだのは転校生の祖母らしい。
 余りの勢いとはちきれんばかりの笑顔に負けて、上がり込んでしまった。
作品名:Wish 作家名:竹本 緒