小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

Wish

INDEX|17ページ/26ページ|

次のページ前のページ
 



 中三の時間は過ぎていくのがとてつもなく早い。新学期早々、志望校をある程度まで決めておかなければならなかったり、修学旅行があったり……。気が付いた時には、一学期が終わってたりする。朗報といえば、航の希望通り、三人同じクラスになった事くらいだ。
「わざわざ付き合わなくてもいいぞ!」
 夏休みに入って間もなく始まった“補習”に向かいながら、慎太郎が航に言った。極端に成績が悪いわけではないのだが、希望校ギリギリといった所か……。
「公立じゃないと、補助金が出ないからさ。……ほら、うち、“母子家庭”だから」
 ……という理由で、公立校一本なのだ。“推薦”をとれれば楽かと思っていたのだが、これが思ったよりも厳しかった。“推薦”だと、競争率十倍。後で受ける“一般”だと、四倍。ただし、“一般”だと後がないだけに追い詰められる。出来るなら“推薦”枠で決めてしまいたい所だ。
「お前は、志望校は?」
 慎太郎が聞いてみるが、
『こっちの学校は分からないから』
 と、尤もな答えが返ってくる。
『面談の時に、祖父ちゃんが幾つかに絞ってたみたいだけど、やっぱり分からない』
 航は笑うが、こう見えて成績はいい。はっきり言って、いい!
『シンタロは、そこの公立校だけ? 滑り止めの私立は?』
「そこを受ける受験料がもったいないじゃん。そこ受かって、公立落ちたらシャレになんないし」
 “財政、苦しいのよ。母子家庭は”とおどけてみせ、
「一本の方が気合が入るしな」
 と尚も続ける。
「追い込まないとやる気が出ないんだよ、俺」
 笑う慎太郎に、“らしい”と思い、航も笑う。
『ユウカちゃんは?』
 メモを見て、慎太郎が「気になるんだ?」と笑いながら、
「部活で推薦とれるみたいだぜ。私立」
 答え、航がつまらなさそうに視線を下げた。
「あんなうるさい奴のどこがいいんだ?」
 からかう様に突付いてくる慎太郎に、
『違う』
 航が、まるで小さな子供の様にメモを突き付ける。
『ずっと一緒だと思ってたから、バラバラになるんだなって』
「ま、“高校”だしな……」
 航の頭にポンと手を置いて、慎太郎が微笑む。
「って言ったって、近所じゃん。いつでも会えるよ」
 航が小さく笑った。


 そして、午後。
 今回は、三日振りの堀越宅である。最近は、航も大分落ち着いてきたので、毎日通わなくても良くなった。受験もあるから、お互い“毎日”という訳にもいかないのだが……。それと、あれ以来、航が“別の曲”も弾く様になった。少しずつだが、航も変わってきているという事なのだろうか。
「おっ!」
 航の弾き始めたメロディに、慎太郎が反応する。
「それ、好き」
 夏には珍しいバラード調の曲だ。木綿花ご贔屓のグループが歌っているのだが、これが詞とメロディが絶妙で、なかなか……。航の奏でるメロディにつられて、つい口ずさむ。サビの部分がちょい高い……。
 と、ワンコーラス終わった所で、航のギターが止まった。
“流石に歌ったのはマズかったかな……”と思い、
「悪ィ。隣りで木綿花がしょっちゅう鳴らしてるから、つい……」
 頭を掻きながら、ヒョイと首を下げる慎太郎に、
『もう一回、歌って』
 ブンブンと首を振りながら、航がメモを出した。
「え?」
 呆気に取られる慎太郎をヨソにイントロが始まる。何が何やら分からないまま、歌い始める慎太郎。
(……あれ? さっきより歌いやすい……?)
 不思議に思った慎太郎が、
「なー、お前、なんかした?」
 歌い終わってすぐに問い掛けると、
『シンタロのキーに合わせて、少し低くした。サビ、楽だったでしょ?』
 航が笑顔で返してきた。
 ちょっと低くしただけではなく、キーに合わせたという事に慎太郎が驚く。
「やっぱ、お前、凄いわ」
 笑いながら頷く慎太郎。
「……でも、なんで? ……なんで、合わせたんだ?」
 その問い掛けに少し考え、航が答えを出す。
『シンタロ、歌ったから』
「俺が歌ったから?」
 “何だ、そりゃ!?”と笑う慎太郎に、再び考える。
『歌ったの、もう一回聴きたかったから』
「聴いてどうすんの?」
 クスクスと笑いながら、冷えた麦茶を注ぐ慎太郎。その隣りで、ペンで頭を掻きながら航が考える。
『シンタロの声、曲と合ってた。聴いてて、ちょっとドキドキした。だから、もう一回聴きたかった』
 航の差し出したメモを読みつつ麦茶を吹きそうになり、慌てて飲み込み、慎太郎が咳き込んだ。
『シンタロの歌声って、俺、好き』
 あたふたする慎太郎を横目に、次のメモを出す航。
『普段話してる時より、響きが優しい。バラード向き』
「普段はガサツだってか?」
 航が笑って頷き、慎太郎が軽くげんこで頭を小突く。
『いつも俺が弾いてばっかりで、悪いなって思ってたから』
「いいよ。俺、歌、下手だし」
 “気にするなよ”と、笑って返す慎太郎のTシャツの袖を掴んで航が首を振る。
『そんな事ない。上手だった』
「鼻歌だったからじゃねーの? ……ほら、鼻歌って誰でも上手く聴こえるじゃん」
 苦笑いでかわそうとする慎太郎を睨みながら、
『俺の移調した音にちゃんと合わせて歌った。下手な人は出来ない!』
 航がメモを突き付ける。
「偶然だよ」
 あくまでもかわそうとする慎太郎の言葉にフイと顔をそむけると、航が、再びギターを弾き始めた。慎太郎が首を傾げていると、塞がっている両手の代わりに、航が足で突付いてくる。
「痛ぇな!」
 睨む慎太郎を睨み返す航。
「“歌え”ってか?」
 怒った様な上目遣いの視線に負けて、慎太郎が渋々歌い始める。
 ……と、Aメロが終わると同時に音が変わった気がして、首を傾げる慎太郎。それでも、相変わらずの航の視線に歌い続ける。そして、Bメロが終わって、再び、音が変わる。なんだかんだで一曲丸々歌い終わって、やれやれ……と航を見ると……。うんうん、と頷きながら航がまたメモを出してきた。
『偶然なんかじゃない。ちゃんと歌ってた!』
「お前、しつこい……!」
『歌、嫌い?』
「嫌いじゃねーよ」
 少なくとも、聴くのは好きだ。
『時々でいいから、歌って』
「なんで?」
 問われてガサガサとさっき書いたメモを探して、
『シンタロの歌声って、俺、好き』
 指差す。再び言われて、慎太郎は自分の顔が赤くなるのを感じた。航を見ると、ニコニコと無邪気な顔で慎太郎の返事を待っている……らしい。
「時々……な……」
 恥かしそうに頭を掻く慎太郎の横で、微笑んでいた航の顔がパッと輝きだし、片手でパタパタ手招きしたかと思うとそそくさと次の曲を弾き始めた。
「お前、“時々”って……」
 慎太郎の言葉を遮る様に、ボコボコと蹴ってくる。
「わがまま! あと一回だけだぞ」
 堀越宅に、慎太郎の歌声が響くのだった。


 翌日は土曜日。慎太郎の補習は休みだ。“行っていい?”の航のメールに“午後からは図書館に行く予定だから”と返すが、案の定“俺も行く!”の返事。そして……、
「あれ?」
 ドアを開けたところで、慎太郎、お隣さんの木綿花と鉢合わせ。
「どこ行くの?」
「図書館」
 慎太郎の返事を聞いた途端に“パン”と手を打ち、玄関に立ててある傘を手に取る木綿花。
「どーゆー意味だよ!?」
作品名:Wish 作家名:竹本 緒