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 気が付いた慎太郎が航の肩を叩くが、
『家に寄ってから、病院、行く』
 とメモを渡される。
「なんで!? お姉さん、ヤバイかもしれないんだぞ!」
『ギター取りに帰る』
「は!?」
『俺、姉ちゃんの事、呼べないから。だから、“声”の代わり』
 落ち着いていたつもりが、航より動揺していた事に気付き、
「……ごめん……。……気付かなかった」
 慎太郎は頭を下げるのだった。
 ものの十分でタクシーは祖父母の家に到着した。そのまま外で待っててもらって、大急ぎでギターを持って再び飛び乗る。行き先は勿論、
「中央病院まで!」
 である。
 夕暮れの京都の町、タクシーは病院へと進路を変えた。


 陽が沈むのと殆ど同時に二人は病院へ到着した。降車場から面会用の玄関へと走る。自動ドアが開ききるのを待てずに手で押し広げ、エレベーターへと向かう。本来なら走ってはいけない廊下を走り抜ける。病室は五階だ。エレベーターの昇降がもどかしい。慎太郎がふと見ると、ギターケースを掴む航の手が震えている。“5”の文字が点滅し、ドアが開く。そして、病室へとやっぱりダッシュ!
「航!」
 病室のドアに手を掛けた航を慎太郎が呼び止める。
「泣くんじゃねーぞ!」
“祖父さん祖母さんの前では、何があっても、泣くな!”と航を見詰める。
 慎太郎の言葉に航が頷き、ドアを開けた。
「航……」
 祖父が顔を上げ、祖母が手招きする。ふと、ベッド周りの医療機器に目が行く。いつもなら規則正しい電子音が響いているのに、今日は、時々しか音が聞こえない。航が慎太郎を振り返る。黙って頷く慎太郎。手招きされた先の椅子に航が座る。
「今までも“悪化”自体はあったんですけど、ここまでの急変は……」
 看護師が、立っている慎太郎に囁いた。どうやら、家族だと思われている様だ。看護師に会釈をして、慎太郎は航の傍に立った。
“♪♪♪”
 航の演奏が始まった。医療機器の儚げな音に耳を傾けながら、震える手でいつもの曲を奏でる。
「帆波。航やで」
 祖母がお姉さんの手を握った。
 と、祖父が立ち上がり、慎太郎の横を掠めて病室を出た。不審に思い、後を追う様に慎太郎も病室を出る。
「大丈夫ですか?」
 病室を出て、すぐ脇、壁に凭れるようにして祖父が立っていた。
「わしの所為や……」
 祖父が両手で顔を覆う。
「え?」
 驚く慎太郎に、お祖父さんが震える声で囁く様に語り始めた。
「猪口(いのぐち)くんに“もう、来んといてくれ”って、帆波(あのこ)の前で言うたさかいに……」
(“猪口くん”?)
「……こんな状態やさかいに、諦めてくれって……わしが……」
 そう言って、祖父が泣き崩れた。と、同時に、
“ビンッ”
 不自然な音がして慎太郎は病室を振り返った。
 航の弾くギター……。曲調が変わった様に感じて、耳を澄ましてみる。……いつもの曲だ。
「大丈夫ですよ。航だっているんだし……」
 向き直って、祖父の肩を起こす。
「慎太郎くん……。おおきに……」
 祖父に頭を下げられ、恥かしそうに首筋を掻く慎太郎。
 と、そこへ、今度はけたたましい足音と共に昨日の青年が駆け込んで来た。育ちの良さそうな顔が、顔面蒼白である。どうしたんだろうと見ていると、青年がこちらへ向かって来るではないか。祖父が、涙でクシャクシャになった顔を上げる。その顔を見て、青年は一礼し、
「入ります!」
 一言かけてドアを開け、そのままベッドの脇……航の向かい側に屈み込んだ。
「……帆波……」
 眠っている航の姉の手を握り、青年が声をかける。
「俺、ここにおるから。航くんと一緒に、お前の隣りにおるから……」
(あぁ、この人の言ってた“大事な人”って……)
 納得した慎太郎が、祖父と病室に戻る。
「猪口くん……」
 涙でくぐもった声で祖父が声をかける。大事な人の手を握り、
「……俺、アホですから……。こんななってても、ここに居たいんですわ……」
 振り返る事なく青年が呟いた。その言葉に深々と頭を下げる祖父。
 ギターを弾いている航が、少し笑った。
「帆波……」
 祖母が、姉の頬に手を当てて呼びかける。
「猪口のぼんも来てくれはったえ。航もいてる。うちも、お祖父さんも、みんな傍にいてるのえ……」
「帆波」
“ピッ”
 微かだった電子音が、一音、鳴り響いた。付添いが一斉に装置に目をやる。
“……ピッ……ピッ……ピッ……”
 ゆっくりと、しかし確実に、電子音がリズムを刻み始めた。
「帆波!」
「帆波!!」
 静かに沸き立つ家族の横で、医師達が頷く。
 そして……航の奏でる曲が、終わった。
 大きな瞳が慎太郎を見る。ぽふっと慎太郎が頭に手を乗せると、返事をする様に航が笑った。
「お疲れ……」
 ……次の瞬間、航が音もなく崩れ落ちた。
「航っ!?」
 航とギターを思わず受け止める慎太郎。
「航!おいっ!!」
  ―――――――――――――――
「……場合によると、ですが」
 倒れた航の検査を一通り終え、別室にて姉と航の容態について医師が祖父母に説明している。動揺の色を隠せない祖父母に、
「あくまで“最悪の場合”の想定ですが……」
 と前置きした上で祖父母の顔を見る。
「“最悪の場合”を考えにいれて対処をしていかないと最善の対処は行えません」
「……そやかて……航までって……」
 並んで腰掛けている祖父母の手が震える。
「事故の際、航くんは頭を強打しています。確かに、事故の後の検査では異常は発見されませんでしたが……。交通事故の恐ろしい所は“後遺症”です。今回、帆波さんが危険な状態に陥ってしまいました。それに駆けつけ、声を出す事も出来ずに演奏を続けた。その緊張に頭が耐えられなくなり、倒れた」
 医師の言葉に祖父母が頷いた。
「先程行った検査では、ここに……」
 医師が輪切り状の写真の一部を指して続ける。
「異常が確認されます。活動が停止……もしくは、それに近い状態です。残念ですが、このまま目が覚めない様であれば、航くんも帆波さんと同じ状態になる可能性が高いと言えます」
 震える祖母の手を祖父が握り締める。
「航くんを受け止めた少年は?」
「航の……友達です」
「人見知りの激しい航が、妙に懐いて……」
 その言葉に、医師が頷く。
「その子は、今は?」
「航に付添うてますけど……」
  ―――――――――――――――
 ほの暗い、何もない空間に、航はいた。見回すが、本当に何も無い。上も下も、前も後ろも分からない。ただ、なんとなく立っていた。
『……航……』
 遠く……近く……誰かの声がする。
『……航……』
 聞き覚えのある声だ。
『……航……』
『……お母ちゃん……?』
 行き先の定まらない航が声のする方へ、一歩踏み出す。
『……どこに居たんえ? ……早う、おいない……』
 手招きされた気がして、足が速くなる。と、反対の方から何かが聞こえた。
『……シンタロ……?』
 航の足が止まる。
『……航? どないしたん?』
『シンタロが呼んでる……』
 静かな空間に、聞き覚えのある“音”が響く。
『……ギターの音やないの?』
 問い掛ける声に静かに首を振り、
『違う。シンタロの声。俺の事、呼んでる』
 そして、振り返る。
作品名:Wish 作家名:竹本 緒