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 確かに、今日の演奏はいつもより胸に響いた。しかし、一緒に聴いていた“無関係”な人間までが、あんなに感動するとは予想外だった。
「疲れてんだな、きっと……。“大事な人”の看病で……」
 “休息所”を遠ざかる男性の後姿を見ながら、慎太郎が一人で頷いた。やがて、響いていたギターの音が一段落を告げる。
「あ、終わった……」
 そろそろかな、と病室の前まで移動する。と、病室のドアが開いた。
 ドアの所で頭を下げ、祖父母はそのまま何やら病院の人と話し込んでいる。話せない航はというと、ペコリと頭を下げると、ギターケースを抱え、慎太郎の所へやって来た。
「今日、なんか、いつもと違ったな、演奏」
 慎太郎の言葉に航の顔が嬉しそうに輝き、ギターケースを指差し、
「ギターがお父さんのだからかな」
 と言う慎太郎に頷くと、続いて、自分を指差す。
「お前は据置き」
 笑って言う慎太郎にプーッと膨れる。
「冗談だよ! お前も上手くなったよ!」
 でしょ? と踏ん反り返る航。
『明日、河原町、行く?』
「何? どこ?」
『ユウカちゃんのお土産買いに』
「あぁ……。“限定”ストラップ!」
 航が笑いながら頷く。
『“カトちゃん”もあるって』
「マジかよ!? そっちにするか!?」
 悪戯そうに笑う慎太郎に、
『怒るよ、ユウカちゃん』
 書きながら、航も笑っている。
「“限定”には違いないじゃん」
『十二単のキティちゃんとそれと買ってく?』
「二個?」
『俺と、シンタロからって』
「あ、いいかも」
 指を指し合い笑う二人。
「航! 慎太郎くん! 帰るえ」
 病室の少し向こうから、祖母が二人を呼んだ。顔を見合わせ、二人は祖父母の所へ駆け出すのだった。


 翌日、少し朝寝坊な時間に起き、早めの昼食を済ませると、二人は土産を買いに河原町へと繰り出した。春休み中だけあって、地元の学生やら観光客やらで平日にも関わらずごった返している。土産品も様々だ。“西陣織”の財布を見付けたりして、ふと航の祖父を思い出す。が、肝心の“十二単”が、どこを探しても無い!! タオルハンカチやポーチならいっぱいあるのに、“十二単”だけが見当たらない。
『“嵐山”にもお店あるから、今度、そっちに行ってみる?』
 休憩に入ったファストフード店で航が言う。
「もう少し回って無かったら、そうするか……」
 最後のポテトを口に入れ、
「修学旅行並みにハードだよな!」
 慎太郎がふーっと息をついた。そして、そんな慎太郎を見て、航が笑った。文句を言いながらも、ちゃんと探しているのだ。二人の仲の良さが分かる。そして、自分もその中に入っている事が嬉しかった。
「っしゃ! ラスト・スパート!!」
 慎太郎が席を立ち、航がまだ中身の残っている紙コップを持って追いかける。自動ドアを出るとさっきまでいたアーケードが目の前にある。減る事の無い人ごみにうんざりしながら、足を踏み入れて……はて? 
「さっき、どっちから来たっけ?」
 キョロキョロする慎太郎を見て、航が左を指差す。
「じゃ、今度はこっちか」
 早速、右側の店からチェック。
 ……無い……。
 そして、次の店へ。
 それを繰り返す事、五回。そして、ついに!
「あった、あった!」
 見付けて二人で手を取り小躍りしてしまう。慎太郎がやれやれと十二単のストラップを手に取る。そんな慎太郎の肩を航が突付く。振り向くと、そこには、
「おーっ! “カトちゃん”!!」
 航がプラプラと指先で指し示す。しかも、三つ……。
「何、三つって?」
 慎太郎の問いに、“カトちゃん”を指差し、続いて慎太郎と自分を指す。
「俺等の分?」
 頷く航。
「お揃いってか?」
 ダメ? と眉をしかめる航を見て、
「三人分な」
 しようがねぇな、と慎太郎が笑った。
 店を出てすぐ、航がストラップの入っている小さな袋をガサガサと開け始めた。覗き込む慎太郎に舞妓姿の“カトちゃん”をひとつ渡し、自分もひとつ手に取ると、
「もう付けんの!?」
 笑う慎太郎を尻目にイソイソと携帯を取り出し、付け始める。あっという間に付け終わり、慎太郎の目の前にニコニコと突き出す。
(あー、俺も付けろって言うのね……)
 はいはい、とストラップを取り出し付け始める。が……。
『不器用!』
 なかなか付かないストラップに航が笑いながらメモを出した。
「うるせぇな。“努力次第”じゃなかったのかよ!」
『ギターと携帯は別』
 “そーでしょうよ、どうせ!”と不貞腐れる慎太郎が、オタオタと作業を続ける事、数分。
『貸して、俺がやる』
 あまりの不器用さに航が痺れを切らす。
「え、マジ? ……いや、やって貰えれば……」
 慎太郎が自分の手の中の“カトちゃん”を見詰め、“ありがとうございます”と、航に頭を下げる。
 渡して、ものの数秒で完了。さっきまでの時間が、とてつもなく“無駄”に感じざるを得ない。
「サンキュ!」
 航から受け取り、携帯を交換する。
 ふと見ると、空が綺麗な茜色に染まっていた。
「……じゃ、帰るか?」
 慎太郎の問い掛けに航が頷く。
 バス停に向かって二人並んで歩き出す。繁華街であるこの場所から家路に向かう人間は、この時間帯には少ない。人でごった返しているにも関わらず、バス停には人はあまりいなかった。とりあえず、二人して小銭を確認し、バスの時間を見る。
「あと……六分。お祖母さんにメール入れとけば?」
 慎太郎に言われ、“そうだね”とストラップを揺らしながら航が携帯を手に取り、開いた。
“♪♪♪♪♪”
 途端に鳴り始める着信音。
 メールじゃない。通話受信だ。話せない航が一瞬躊躇する、が、送信元が祖父母なのでとりあえず出てみる。
《航?》
 祖母の声だ。向こうには分からないだろうが、反射的に頷いている。
《穂波が……! すぐに、病院においない!》
 航が震えながら慎太郎を振り返る。そんな航の様子を見て、
「貸せ!」
 と携帯を奪うように取り、話せない航の代わりに慎太郎が応対する。
「代わりました。慎太郎です」
 慎太郎の声を聞いて、電話の向こうの祖母が息を呑んだ。航が話せなかった事に、今、気付いた様だ。
「何かあったんですか?」
《帆波の容態が急変したゆうて、病院から連絡が。今、どこえ?》
「河原町です。すぐ行きますから!」
 祖母の震える返事を聞くか聞かないかの早さで通話を切る。
「航!」
 慎太郎が航を振り返った。河原町のバス通りでは、混雑していてタクシーは拾えない。
「タクシー乗り場はどこだ!?」
 返事が無い。航の様子がおかしい。
「航っ!!」
 慎太郎に身体を揺さぶられ、航の焦点が慎太郎に合う。
「タクシー乗り場は!?」
 私鉄の駅の方を指差し、慎太郎の少し手前を走り出す航。
 信号の“赤”が忌々しいくらい長く感じる。青に変わると同時に二人でダッシュ!! それを三回繰り返し、ようやく乗り場に辿り着いた。
 さっきまでいたアーケードとはうって変わって、こちらは随分と人気が少ない。客待ちしていたタクシーに飛び込み、
「どちらまで?」
 行き先を聞く運転手に、航が紙を渡す。
「……北区……舟岡……」
 タクシーが動き出す。
「……って、病院じゃないじゃん!」
作品名:Wish 作家名:竹本 緒