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「その曲、フルコーラス覚えちゃったよ」
 ギターを弾く航の横で、慎太郎が笑った。
 京都へ行ったのは二ヶ月ちょっと前。今は、短い“春休み”。今日は“婦人会”の集まりがあるとかで堀越宅は使えないので、今日の演奏は慎太郎の家だ。
「京都までギターを持ってったのには、びっくりしたけどな」
 慎太郎の言葉に、
「えっ? そうなの!?」
 木綿花がトレイにココアを三人分用意して笑った。
「お前は勝手に上がり込んで来るし……」
 ココアのカップを手に取り慎太郎が不満そうに呟く。
 航が弾き始めてすぐ、木綿花が隣から駆けつけて来たのだ。
「だって、ここに来た時しか聴けないじゃない」
 と、航に微笑む木綿花。
「航くん、学校じゃやらないでしょ?」
 “こんなに上手なのに……”と残念がる木綿花の横で、
「人前は嫌なんだってさ」
 “な?”と、慎太郎が航を見る。
 丁度一曲弾き終えた航が頷き、ギターを置いてカップを手に取った。
「ふーん、そうなんだ……。でも、その曲、綺麗な曲よね。なんて曲?」
 肘をついてココアを飲む木綿花に、航が首を振る。
「え? 知らないの?」
 驚く木綿花に、メモを探し始めた航が頷き、
「お姉さんが聴いてたCDを横で聴いてて覚えたんだってさ」
 メモを探している航の代わりに慎太郎が答える。
「聴いて覚えて、弾いてるの!?」
 再び頷く航に、
「ヤダ、凄くない?」
 と木綿花が慎太郎を突付く。
『そんな事ない』
「お姉さんに聴かせる為に練習したんだよな?」
 慎太郎に振られて恥かしそうに頷く航。
「お姉さんに?」
 航のお姉さんは、まだ意識が回復していない。植物状態である。哀しい事に、噂好きの友人から無理矢理教えられて、木綿花が知ってしまったのは年末の事。慎太郎は、京都で本人を見ている。
「この前も弾いたんだよな」
『聴くと姉ちゃん、脳波が安定するって』
「航くんだって、分かってるのよ。きっと……」
 木綿花が微笑む。
「でも、航くんが帰らないと聴けないのよね」
『来週、また帰る』
「そっか、春休みだもんね」
 そう。“春休み”に、宿題はない。
「何日くらい帰るの?」
『四泊五日』
「じゃ、その間は慎太郎の代わりにお姉さんが聴くんだ。……あれ?」
 どっちが“代わり”なのかしらと首を傾げる木綿花に、航が首を振り、
『シンタロも一緒』
 メモを差し出す。それを同時に見て、
“ガタッ”
 慎太郎が付いていた肘をコタツから落とし、
「あんた、またついて行くの!?」
 木綿花が声を張り上げた。
「聞いてねーぞ!」
『おばさん了承済み。今度は交通費は出すって』
 ニッコリ笑って、メモを出す航。
「“問題”は“そこ”じゃねーだろっ!?」
『俺一人だと、道中が心配だからってじいちゃんが頼んだ』
「お祖父さんとお祖母さんは来ないんだ……」
 慎太郎は納得いかないようだ。
「そうよね。何かあった時、筆談じゃ時間かかっちゃうもんね」
 “諦めなさい”と慎太郎の肩を叩く木綿花の言葉に航が頷く。
「ここは、“保護者”のあんたが行くのが筋よ」
 うんうんと自分の言葉に頷く木綿花。その様子を見て、航が慎太郎の袖を引っ張る。
『ユウカちゃん、下心ある?』
 航がそっと差し出したメモを見た慎太郎が頷き、“見てろ”と目配せする。
「でね。キティちゃんの“十二単”のストラップが……」
 “ほら、来た”とばかりに聞こえないフリの慎太郎。
「京都限定なのよねー」
『キティラー?』
「いや、“限定”に弱いだけ!」
 一人熱弁を奮う木綿花を横目にクスクスと二人で顔をつき合わせる。
「ちょっと! 聞いてる!?」
 お土産は“限定”ストラップとなりそうだ。


 そして、出発の日。
「そーいや、お前。荷物、少なくない?」
 新幹線の座席に腰掛け、慎太郎が言った。
 航が、肩から下げているスポーツバッグを指し示す。
「んにゃ。それじゃなくて、こっち」
 と、ギターを弾くゼスチャー。
 それを見て、航がパタパタとポケットからメモを出す。
『京都の家にもあるから』
「え、そうなの?」
『この前行った時に、父さんのが置いてあるのを見つけた』
 航のギターは“父・直伝”なのだ。
『今回、ちゃんとチューニングとかしようと思って……』
 航がガサゴソとバッグを弄(まさぐ)り、何やら取り出した。
「何、それ?」
『チューナーと』
 慎太郎が“はいはい”と頷く。
『音叉と』
 “ほいほい”
『ピッチ・パイプ』
「ふーん……」
 聞いてはみたが、慎太郎には未知の器具だ。ニコニコと丁寧にそれを片付ける航。
「お前、ギターに関わってるとホントに楽しそうだな」
 そんな航を見て、慎太郎もつられて笑顔になる。
『そうかな?』
「なんか、先生が“リハビリに……”って言ってたの、分かるわ」
『シンタロといるのも、楽しいよ』
「ギター並み?」
 ………………。
「考え込むなよっ!!」
 新幹線の中、小声で声を張り上げる慎太郎に、航が声も無く笑った。


 京都の祖父母の家に着くや否や、航はバタバタと生前の父母の部屋へと駆け込んだ。勿論、チューニングをする為である。音叉を取り出し、“ラ”の音から合わせていく。形見となってしまった父のギターを手にする表情(かお)が少し淋しそうに見えるのは、気の所為だろうか?
『音、メチャクチャ。ごめんね、時間、かかると思う』
 メモを見て頷くが、慎太郎にはさっぱりだ。音痴ではないと思うが、楽器にはリコーダー位しか縁がない。
「いいよ。見てっから。どうせ、する事ないし……」
 勝手を知らない他人の家だ。慎太郎にはどうする事もできない。チューニングを始めた航の前で、慎太郎が大きく伸びをした。その時、階段から廊下へと足音が聞こえてきた。階下から祖母がお茶を持って来たのだ。
「お茶くらい飲んでからにしたらどないえ? 疲れてるやろうに……」
 祖母が声をかけるが、航には聞こえていない様だ。
「嫌やわ。堪忍え、慎太郎くん。この子、夢中になると周りが見えへんようになるさかい……。親譲りの、爺譲りで……。ホンマにかなわんなー」
 祖母のおっとり笑いに、つられて笑う慎太郎。
 そして、祖父がいない事に気付き、訊ねてみる。
「あの……お祖父さんは……?」
「階下(した)で仕事してはるわ」
「仕事?」
 どう見ても、定年退職してそうな年齢なのに? と慎太郎が首を傾げる。
 この前は夜に泊まりに来ただけだったから、京都の祖父の仕事の事は全く知らないのだ。
「ああ見えて、西陣織の職人さんなんえ。見に行かはる?」
 祖母に言われて、ふと、航を振り返る。この状態の航の横にいてもどうしようもないな、と判断。
「えぇ。お願いします!」
  ―――――――――――――――
 一階の外れに、祖父の仕事場はあった。大きな機械をガシャガシャとリズム良く操っている姿は、まさに“職人”だ。真剣な横顔が、どことなく航に似ている。
「あそこに、絵ぇが掛かってますやろ?」
 祖母の指差す先、機械の上部に、大きな方眼紙に描かれた花の絵が止めてある。
「あれを見て、手元のポッチを押さえると、そこの紙に穴が開いて出て来るんえ。それが、着物やら帯やらの元になるんやわ」
作品名:Wish 作家名:竹本 緒