血なんて不味いではないか!
「一応、先祖には悪いから血に似せて赤いものを飲む事はしているけどな」
「なんだかなぁ。それも普通はワインだってのに、アリオンはワインさえ飲まないじゃん」
クルックスは机に置いてあったお菓子を摘んで食べながら不服そうに頬を膨らませていた。ぱりぱりと口の中でスナックが砕かれる音がする。
「ワインよりトマトジュースの方が安価ではないか……って私のコンソ×パンチを食うな」
「安価というよりアリオンがアルコール駄目なだけじゃん。というか俺が儲けた金で買ったポテチ!」
俺の、と不細工なぬいぐるみを脇に抱えながら菓子の入った袋を握り締めてきた。そして私から引き離そうとする。
「そういう所がぎゃっぷ萌えって奴ではないか」
寄越せ、と手を伸ばせば嫌だと言わんばかりに一八〇度逆の方向を向かれた。不細工なぬいぐるみだけがこちらを睨んでくる、こっち見んな、と思わず言いたくなった。
「ただ下戸なだけだって」
「クルックスも飲めないだろうが!」
「違……! 俺は健康思考なだけだっ」
「ほう? 今スナック菓子を食べてる奴の台詞か、それは」
立ち上がり彼の背中から手を伸ばして、お菓子の袋の端を掴めば、言い返せないというように口を噤まれ、腕からは力が抜けていた。これ幸いとポテチを取り上げれば、あ、と声をあげてこちらを見上げてくる。
「ニートに言われたくないって。アリオンこそ吸血鬼らしい事して見せてよ」
「……、吸血鬼らしいってなんだ?」
「蓋を開けずに、柩から出てくるとか」
クルックスは首を傾げながら、ぬいぐるみで私の部屋を指さした。睡眠に柩を使ってはいるものの、寝起きする時には普通に蓋を開けている。それを開けずに行うとはどういう意味なのだろうか、例え鬼と呼ばれる存在だとしても無理であろう。
「蓋を開けて出入りするのが普通ではないのか?」
「それが、吸血鬼は蓋を開けないで柩を出入りするんだって」
私から再びポテチを奪還して食べ始めたクルックスは、黒い携帯の画面をこちらに見せてきた。そこには吸血鬼の特徴といったトピックの下につらつらあり、そこには柩の蓋を開けずに出入りするような事が書いてあった。
「……霧やら鼠やらになって、柩の隙間から出てくる? いや、これ。私、無理だぞ」
「アリオンって本当に名家の末裔?」
「うるさいな! 別にいいではないか、蓋の開け閉めを自分でしたって」
しらーっとした目で見られるものだから、思わずクルックスの頬を引っ張ってやった。きゅ、と抓るように爪をたてればギブアップと手をあげられる。
「痛い、痛い、痛いって! そう言えばアリオンだって吸血鬼らしいとこあるし」
「たとえば?」
「初めての部屋には独りで入れないとか……って、ぬいぐるみ投げるな!」
近くにあった、ウサギ柄のスリッパを履いたウサギのぬいぐるみを投げつけてやった。
しかしながら、指摘された話は本当である。吸血鬼は招き入れて貰わないと、初めての部屋に入ることが出来ない。だから私はクルックスの部屋もシュタイガーの部屋にも入れないし、街中に繰り出そうにも店内の人が客引きしていないと入れないのだ。
「辺り構わず置いておくクルックスが悪いだろ。部屋に持って帰れ」
「今日はお客さんが来るんだって!」
「それなら尚更、片付けるべきだろう」
「ほら、俺、便利屋してるじゃん?」
相変わらず薄緑のクマを抱きかかえたまま、彼は首を傾げてくる。彼が便利屋なのはよく知っていて、携帯に連絡があれば例え地の底でも火の海にでも、料金次第では飛び込む馬鹿であるのも重々理解はしている。が、珍しく客人としてクライアントが来るのならば、片付けて丁重に迎えるべきではないのだろうか。
「それは知っているが。それなら片付けるべきではないか」
「今日は子守を任されて、その子が遊びに来るからぬいぐるみだらけにしたんだって」
「なに……ガキが来るのか」
子供は嫌いである。喚くし、煩いし、髪を引っ張るし(長く伸ばしている私が悪いのだが)とりあえず近寄りたくない種族なのだ。私が子供が嫌いなのを逆手に取った意趣返しなのだろう、と自己完結をさせる。
「だからさ、ほらカラコン入れてきてって。アリオンの虹彩の色が怖いんだから」
「私が好きでこの色にしたわけじゃないんだかな」
吸血鬼は一応不死の生物ではあるのだが、日向に出れないという話が有名であろう。なぜかと言うと私達は色を必要最低限しか持ち合わせていないのだ。肌は血管が浮き出る位に白く、目は瞳孔だけが黒い三白眼ならぬ四白眼、髪だって真っ白である。それ故に、日光を遮ることなく身体に侵入してきて体調が壊れるのらしい。つまり、厚着にサングラスをすればある程度の場所には行く事が可能となる。
また私を吸血鬼と知らない人に逢う時は、カラコンを入れて虹彩をカラーリングしなければならない。しかし、それが大嫌いなのだ。目に指を突っ込むのは気分が悪いし、眼球を傷付けやしないかハラハラしながら装着しなくてはならない。だって角膜炎なんかを起こしてしまっても、身体的特徴を隠すためには病院にさえ行けないのだから。
「まぁ、仕方ないからさ。早くして」
「全く……私をなんだと思っているんだ、狼の癖に」
急かしてくるものだから、不承不承ながら洗面所へ向かっている途中にピンポーン、と間の抜けたインターホンの音がした。
作品名:血なんて不味いではないか! 作家名:榛☻荊