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血なんて不味いではないか!

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アリオンドルト・フェイエノールトこと私は、何世紀も続く由緒正しい吸血鬼の一族のフェイエノールト家の末裔である。小説や漫画、映画などでは悪役と描かれてしまう吸血鬼だが、実際はそんな事ないのだと、もう少し世の中の人は知った方がいいと思うのだ。
 得体の知れない魔法を唱えている魔女でさえ、魔女っ子やらに萌え化されて世の中を闊歩しているというのに、吸血鬼もそりゃ冷酷な笑みを浮かべる女性レベルには美化されてはいるが、魔女より悪役の可能性が高すぎると思う。
 やっぱり血を食らうといった話の所為なのだろうか。そう悶々と考えていれば、頭をスリッパで思い切り叩かれた。頭をびいぃん、と痛みが通り抜ける。
 寧ろ痛みよりもどうしてスリッパなのか、という思いが本音である。スリッパは外靴と同レベルに汚いもの、というイメージを持っている自分としては気分を最高に害されたのものであった。勿論この借りているマンションは、土足厳禁だから一応綺麗という事は知っているけど、気分的にいただけないというのを同居人は知っている筈なのだが。全くどうしてこうなったのか説明して欲しいものである。
「アリオン。ね、アリオンってば」
「煩い黙ってろ鳩が」
「鳩じゃねー!」
 ばかん、もう一度スリッパで頭を殴られるのを頭で感じた。やっぱり靴を行使して暴力を振るわれるのに、いい思いがする訳もないのだが、年上の矜持を守らなければと口に溜まりに溜まった苦情を噛み潰して説明をしてあげた。
「クルックス、くるっくー、鳩」
 自分としては単純明快な説明をした筈なのだが、クルックスは凶器を携えた手を震わせて、喜んでいるのか怒っているのかわからなくなるような笑い声をたてていた。反応に困り黙っていれば、ばん、と大きな音がアパート一帯に響いた。お隣さんやら、下に迷惑がかかっていたらどうしようと、心配になった。床にはへしゃげたスリッパが転がっているから、それを思い切り叩きつけたのだろう。
「俺は捕食者だし!」
 クルックスはエメラルドグリーンの目を涙ぐませながら机を叩いてきた。上に置いてあった紙類がふわりと舞い上がったものだから、急いでかき集めて重石を乗せる。
「大丈夫、私より充分下等生物だ」
「日向にでると体調を崩す癖に」
「や、やめろ! ……私を殺す気かこの狼」
 何重にも厚く窓を覆っているカーテンに手をかけて、太陽光を浴びさせようとするものだから、後ろから思い切り彼を羽交い締めにした。あー、とかうー、とか聞こえる呻き声を無視して締め上げたのだが、本当に苦しそうだったので離してやった。彼は盛大に咳き込んでからこちらを振り返ってきた。
 涙ぐむというかもう完全に泣き始めていた。これがもし、女ならば慰めるのだが(女を泣かすのは私のポリシーに反する)残念ながら、これには胸の膨らみも柔らかい曲線を描くボディーラインとも程遠いので放置するのに値した。
「ところでアリオン。どうして、あんなにキツい顔をしていたんだ?」
「あー……。私アリオンドルト・フェイエノールトは吸血鬼で、クルックスは狼男だ。私たちの種族って、小説とかだと悪役扱いをされるだろ? それがどうしてだろう、ってな。私なんて、こんなに可愛いのに」
「……相変わらず俺と違って二人とも名前が長いな! というか落ち着いて自分の年を考えろアリオン、可愛いなんて単語はおかしいぞ」
 クルックスは珍しく真剣な眼差しをしていた。しかしながら口はがばりと開いていて、有り得ないという言葉を示しているようにも見える。
「だって、たったの百六十歳だぞ?」
「一世紀以上も生きた奴を、世の中が可愛いと定義するもんか!」
 黒みがかった茶髪をわさわさとかき乱しながら叫んだかと思えば、またもカーテンに手を伸ばしていた。今度は洋服にジャラジャラ飾り付けられた金属の装飾品を引っ張って、動きを封じ込める。犬につけられたリードのようだ、と言ったら怒るだろうか。
「えぇい、煩い! 私が可愛いといったら、きゅーとなんだ」
「そう思うなら街中で逆ナンされてみなって」
 カチンとくる台詞を吐かれたものだから、近くにあったぬいぐるみを投げてつけてやった。ぽふ、と可愛らしい音をたててクルックスの頭へ直撃する。
「首相の癖に」
「変わったって!」
 私の事を哀れむように、蔑むように見てくるものだから、明後日の方へ目線をずらす。
「べ、別に知っていたからな!」
「はいはい」
 目を細められて子供扱いをされているのだろうと、胸板を叩いてやった。痛い、と笑いながら彼は言う。殴ることで肺が潰れてしまえばいいのに、と思った。
「ほら。こういうお茶目な所が可愛いではないか」
 開き直りのように言ってみせれば、目をまんまると見開いて、ぽかぁんと口を開けられた。理解できない、と表現されているようだ。
「お茶目なんじゃなくて、ただアリオンが世間知らずなだけだって」
「愚弄するな狼風情が。私でも少しはわかるぞ」
「じゃあさ、マニフェストとアジェンダの違いは?」
 こっちを見ずに問いかけてきて、私の投げつけたぬいぐるみの腕を上下に動かして遊びはじめていた。質問の内容を先程の失態を挽回すべく、年上らしい完璧な答えを捻り出そうとするのだが、思わず彼の手の中にいるぬいぐるみに思わず目がいってしまう。
「……というかそのクマ、怖くないか」
 薄い緑色をしたクマは軍服を着て、軍帽を被っているのだ。しかも手にはサバイバルナイフ(血塗れ)を持って、首許にちゃりちゃりとドックタグがついているのだ。
「えー、可愛いじゃん。俺が資料見ながら手作りした子なんだけど!」
「どう考えても怖いだろうが。血塗れのサバイバルナイフだぞ?」
「そんなに怖くないって!」
 思い返せばクルックスが時たま見ているアニメに出ているような気がしないでもない、目つきの悪いぬいぐるみをぐいぐいと抱き締めてこちらを睨んでくる。相変わらず趣味が悪い、しかしながらそれを言っても口げんかが起こるだけなのでやめておいた。
「はいはい、可愛いな。で、かなり昔の話に戻るが、どうして吸血鬼おどろおどろしく書かれると思うか?」
「やっぱり血を吸うからだって」
 ぬいぐるみの喉元に向かってあむ、と噛むふりをしていた。そんなに血生臭い野郎(クマ?)から血を貰ったら不味いだろう、と背筋が凍るように寒くなった。
「私は吸わないぞ」
「それはアリオンの気が変なだけじゃん」
「皆がおかしいのだ。血など不味い……」
 ぬめぬめした生暖かい液体を口に含むのを想像するだけで思わず吐き気を覚えた。ぶわ、と腕に鳥肌がたつのを感じる。
「だって吸血鬼って血を吸う鬼、と書くんだよ? だから血を吸うのが普通だって」
「別に吸血鬼は血など吸わなくても生きていけるのだ」
 そう、吸血鬼には血が必要不可欠という訳ではない。私達は体内で殆どの物質を創る事が出来、ものを食べるのは娯楽に近いのである。しかしながら鉄分は身体で生成できないので食物で摂取する他ない、だから金もかからず安価に鉄分を採るのに血を戴くことを先祖は始めたのだという。故に吸血、ある種のカニバリズムだから鬼なんてオマケがついたのだろう。
「まぁ、血というより鉄分が大好きなんだっけ」