愛と引きこもり
戯れのように放った提案は、ほとんど冗談のつもりだった。だって俺の家にいる時間がいくら長かろうと、ななみちゃんにはななみちゃんの生活があるし、学生だし確か実家だったし。だから俺は心底びっくりした。物凄い速さで顔をあげたななみちゃんは一瞬きょとんとして、それから滅多に見せない笑顔を浮かべたのだ。柔らかい、とろけそうな笑みだった。
超レア、激レアななみちゃんの笑い顔。照れてないななみちゃん。浮かれてしまって言葉にならない。
「本気にしますからね」
揶揄とかでなく、真剣な一言に大きく頷く。でもそれ以上の行動には移れない。俺は押しに、何よりもななみちゃんに弱いらしい。
ななみちゃんが立ち上がる。
「……本当に本気にしますからね」
それだけ言うとすたすたとキッチンのほうへ歩き去ってしまった。ちらりと一瞬だけ見えた彼の顔は真っ赤で、続いて俺のほうも今さらながら恥ずかしくなってきて叫びたい思いだった。
あと一口になったチャーハンを拾いあげ噛み砕き飲みくだし、俺はななみちゃんの後を追った。きっと彼はいま、最高にかわいい顔をしているはずだから。
愛と恋ごころ
髪を伸ばしている。理由の大部分は自分のためであり、またそれゆえの願掛けのようなものでもあった。きっかけはささいな言葉だったが、成就して欲しい願いをつかめる日が訪れることはないだろうと、確信している。
髪の長い子が好きなんだよね。飯浜が何気なくそう呟いたのはちょうど七海が彼の世話係に慣れ、また彼に好意を抱き始めてきたころだった。普段はまったく見ることもなく、箱型の置物と化しているテレビに飯浜が珍しく昼食を摂りながら眺めていたのだ。理由を尋ねてみると、ネタが浮かばないから、とだけ彼は返してくる。いつもの現実逃避か。ぼんやりと画面を眺め続ける飯浜に七海は簡単に結論付け、自分も食卓についた。
メニューはラーメンだった。飯浜はハンバーグだとか、チャーハンだとか、そういった類の大衆的な料理を要求してくることが多い。舌が安い味に慣れているのだと彼は言う。だがそれは食事を作る自分を慮っての方便なのではないかと、七海は思っていた。たまに、ネットで高級レストランのサイトを開いては考え込んでいたりするのだ。