愛と引きこもり
七海の問いにきょとんとしながらも頷く直樹は、意味がわからないといったふうに目をぱちくりさせている。文句のひとつもないのをいいことに、直樹の話し方がいつもの砕けたものに近づいた。内心ひどくほっとして、ごく小さくなため息をつく。どうにも、彼と他人行儀でいるのが心もとなく、居心地が悪かった。
「そうですか」
靴を脱ぎがてら、七海は俯く。とてもじゃないが、下を向いていないとこんなこと言えそうになかった。
「――俺は今から風呂入りますけど、一緒に、来ますか」
「へ? うちの浴槽そんな広かったっけ?」
「……わからない人だな」
落胆し、思わず七海はその場にうずくまった。中途半端に脱げた靴が玄関であさっての方向を指し、踵がのりかかっているせいでひしゃげてしまう。両手で顔を覆うと、ひどく熱かった。玄関が薄暗くてよかった。蛍光灯が一本切れており、特に差支えがないのでそのままにしておいたのだ。
あきれ声は両手のひらに吸収され、おそらく直樹には届いていない。この人には、間接表現はだめか。作家本人が必ずしも皆聡いわけではないだろう。
脱いだ靴を揃え、七海は未だ正座を崩さない直樹に倣い、姿勢を正してフローリングに上がった。またしても「なにがどうしたんだ」という面持ちの直樹はこちらをまっすぐに見つめてきて、七海は身を固くした。こんなこと、正座して、向かいあって、真顔で言うことではない。
そっと、直樹の膝に手をやった。重ねられることはなく、なんとなく心細くて目線を下げる。
「直樹さん、俺と……俺と、セックスしたいですか?」
「せせっ、セッ!?」
案の定、直樹は目を丸くして挙動不審になった。あわあわして後ずさりしそうな彼の腕を捕まえ、軽く引っぱる。
できれば、言いたくなかったのに。直樹の察しの悪さを、七海はここぞとばかりに恨んだ。
「はいかいいえで」
ほとんど照れ隠しのごとく、早口に迫る。直樹は、はい、もいいえ、も言わなかった。代わりに、ぎゅうっと抱きしめられる。あたった胸が大きく鼓動していて、七海にはそれが自分のものなのか彼のものなのかすら判別がつかなかった。
「俺、ななみちゃんのこと、すっごい好きだから!」
じわじわと、直樹の体温が沁みてくる。薄暗い玄関の、冷たい床の上。こんな陽のあたらない場所でも、幸せは転がっているのだと思った。
「俺も、すごく好き、ですよ」