愛と引きこもり
さっきの誘い文句にもならない告白よりも気恥ずかしくて、思いっきり直樹の肩口に顔を押しつける。それから彼の背に腕をまわし、力を込めた。
はいかいいえ、ではあまりにも味気なさすぎるかもしれないと、今さら後悔した。
愛とその朝
昼ごろに起きて、一番に思ったのは「授業はじまってるな」だった。こんな日になんて色気のないことを気にかけたんだろうと、七海は自嘲してしまう。
仰向けになり、天井に向けて腕を差し出してみる。赤い痕が点々と散っていて、学校なんて行ってられないな、とも思う。
直樹は、丁寧すぎるほど丁寧だった。臆病、といったほうが、もしかしたら正しいのかもしれない。七海の身体のすみずみまで、満遍なく彼の唇は行き届いた。一晩明けてみれば意外とあっけなかったような、そんなような気がしていた。
隣でまだ眠っている直樹の背中にすり寄る。彼が壁と向かい合って寝るのは癖で、当人も一生直らないかも、なんて笑っていた。七海としては少々笑いごとではないのだが、直らないものは仕方がない。七海が移動すればいいだけの話だ。
素肌の背中は温かく、まだくすぶっている眠気をさらに深くしてくれる。人肌はいい。そばに寄っているだけで安心する。
「……ふぁ。あー、……今なんじ?」
頬ずりをしていると起こしてしまったらしく、飯浜がこちらに寝返りを打って訊いてきた。目が合うと一瞬ばつの悪そうな顔をしたが、それもすぐにはにかみに変わる。そのどことなく年齢不相応な反応がかわいくて、自然と頬がゆるむ。
「一時ちょっと前です」
「よく寝たねー」
寝転がったまま伸びをする直樹の手を引き、向かい合わせの体勢を取らせた。その顔をもっと見ていたかった。
「……俺はまだ眠いです。なので、自主休講で」
「え、なにそれ、だめだよ! ちゃんと学校行ってきなって」
「引きこもりの直樹さんに言われたくないです……」
胸にぴったりくっついて、目を閉じた。故意に口先はつっけんどんにしながらも、仕草は明確に甘えてみせる。直樹はなにも言い返してこず、ただ髪を梳いてきた。
こういう、穏やかなだけの一日があってもいいはずだ。引きこもりで、家事もからきしで、きっと一人では生きていけない人。だから、ずっと自分が一緒にいられればいいと思う。
なまじ、誰よりも彼に愛情を持っている自分が、彼の一番として。