愛と引きこもり
ごまかされないようにゆっくりはっきり、一節を区切って切り出した。「そういう空気」がすごくほしいわけじゃないけども、でもほしくないわけじゃない。そこに、「先生」なんてなんか野暮ったいっていうかなんていうか。
「先生」って距離がある気がする。ななみちゃんがいつまでも俺をそう呼ぶのはその距離を縮めたくないからだったらやだななんて思ったりした。
だから、「先生」はやめてほしくなった。
ななみちゃんはしばらくきょとんとして、物憂げに首を傾げながら語尾を上げてつぶやいた。
「いいはま、先生」
「いや、そうじゃなくて、下の」
俺がぶんぶん首を振って否定すると、ななみちゃんはきゅうっと眉根を寄せて口をつぐんでしまった。まずったか。ひやっとする俺をよそにななみちゃんは顔をそらしながらも、小さい声で俺の名前を呼んでくれた。
「……な……なおき先生」
正直テンション上がった。
上がったついでにななみちゃんにぴっとりくっついてみる。肩がびくってなった。口は確かにちょっときつい子だ。でも、そういうとこがいい。辛いこと言うけど、だからこそいい。
顔を覗き込んだ。
「なし、先生はなしで」
「え、あの」
「先生じゃなくて、呼んで」
たまには俺も強く出てみる。いつものわがまま調じゃなくて、強要するみたいに。押すならぐらついてる今。先生、が取れそうな今。
ななみちゃんはじっと俺を見つめてきて、唇を噛んで、どうしようって表情で、顔ごと目をそらして、まっかで、やっぱりかわいいなあ。
かわいいはすごい。かわいいから好き。好きだからかわいい。なんという相乗効果。いろんなものはうまくできてる。
「ななみちゃん」
「はい」
「呼んで、お願い」
だめ押しに本日三度目の合掌。もはや誠意とかなんとかじゃなくて、俺必死。呼ばれたい超呼ばれたい。ななみちゃんに名前で、呼んでもらいたい。
「……直樹……さん」
キューピッドさんがハートのなにかのついた矢を放った幻覚が見えた。
相変わらず、目は合わせてもらえなかった。斜め下見て、顔を隠そうとしてる。実際、髪の毛でどんなふうに言ってくれてたのかはわからない。でも、いい。ハートの矢、ざっくり刺さったからいいんだもんね。
「うっはあありがとうっ! ね、もういっかい」
「直樹さん」