愛と引きこもり
やぎさんゆうびん。白やぎと黒やぎって、最後どうなるんだっけ。決着、つかないんだっけ。じいっと、ななみちゃんに見つめながら童謡の歌詞を思い出していた。時間が経つのがやけに遅かった。
「俺、先生の作品も、先生も、好きですよ」
「ま、まじで……」
確認せずにはいられなくて問い返す。静かに頷いたななみちゃんはふっと目を伏せた。睫毛の影。ひゅっと、変な息が胸を出て行った。
「先生、好きです」
「わあああ、おお俺も好き! ななみちゃん、好き、大好き!」
「はい」
手を握って馬鹿の一つ覚えみたいに言いまくると、ななみちゃんがはにかんだ。かわいい。かわいいなあ。だめですって言われなくて、ほんとよかった。
やわらかに弧を描いたその唇に誘われるように、ちゅっと音をたててチューしてみた。ほんのちょっとだけ触れた感触の素敵さに、くらっときた。
「なっ、ななみちゃん? 嫌、でしたか……」
感慨に耽っているところを、ぐいっと肩を押し返されて俺は目を瞬かせた。ゆるく、ななみちゃんがかぶりを振る。それから蚊の泣くような声で嫌じゃないです、とこぼした。すかさず、ふたたび抱きついてななみちゃんを腕の中に閉じた。
最高。幸せ有頂天すぎてお腹いっぱい。冷めていく煮込みうどんごめんなさい食べれません。
好きって言えてよかった。
愛とお願い
お付き合いをしているという認識一足飛びに同居なんてしたもんだから、そんなような空気に持っていけないっていうか、ほとんどならない。けどそれが特に不満というわけでもなく、俺は幸せふわんふわんだからいいんだけど。
だって同居よ同居。もうなんか、ほぼゴールインみたいな? 俺が「ただいま」って帰ったら、愛しのあの子が「ただいま」って出迎えてくれる、このロマンったらない。
いやでも、俺は外には出ないんですけど。
「ななみちゃん、これを期に折り入ってお願いが」
「なんですか先生」
仕上がった初稿を隣で黙々と読んでいるななみちゃんに合掌してみせると、切れ長の瞳がうろんに俺を見返してくる。邪魔するなみたいな顔をされた。俺の敵は、俺の作品かい。なんか、不毛すぎる。
めげずに、気を取り直して再び合掌。
「その、先生っていうのやめて、名前で呼んでくれないかな」