だうん そのご
「大声出すなやっっ、吉本。・・・・あのな、愛妻弁当が嬉しいんはわかるけど、わかるけど騒ぐな。」
「いや、そーやなくて・・・しもたわ、下手こいてもた。あいつ、絶対に朝昼抜きで、ごろごろしとるわ。」
「はあ? 」
俺の分だけを製作したのだから、あいつの分はない。マクドでも食うとは言うたけど、わざわざ出歩くとも思えない。うっかりしていたが、あいつ、腰をいわしている。
「あーもー、今日、早速帰って説教せな。」
「ええ? 待て待て、吉本。弁当作ってくれた相手に説教て、どうなんよ? 」
で、まあ、蓋を開けた弁当が二色そぼろという、可愛いものだったので、とりあえず、無言で食い始める。それを見て、御堂筋も、やれやれと本日のランチに手を出した。
・・・・うまいやんけ・・・・・・
そぼろ部分は、ちゃんと濃い味付けになっていて、白メシのおかずになっていた。後はあっさりとした春菊とか煮マメが配置されていてバランスも取れている。
・・・・しかし、あいつ、容赦のない・・・・・
このひき肉状になっている肉は、昨日の肉だ。特上のすき焼き肉を、ひき肉にするセンスは、俺の嫁にしかないだろう。
「なあ、御堂筋、今頃、一泊やったら、どこへ行く? 」
食い終わってから、俺は、昨日の話を思い出した。今月中旬までというなら、今週と来週くらいは、まだ大丈夫のはずだ。
帰りに、旅行パンフを、あっちこっちから取って来た。それを、かばんから取り出したら、俺の嫁は目を丸くした。
「舞台は、普段じゃないほうがええなあ、と、思って。」
「ああ? 旅行で舞台って何? 」
昨日の残りに、肉と野菜を足してうどんも足した。それを、台所で、俺の嫁が煮ている。どうにか動けるようにはなったらしいが、まだ、なんかぎこちない動きで振り向く。
「弁当食わへんだら、一人えっち公開。」
「ああ? ないもんは食えへん。」
「どあほ、その煮てるやつとうどんで昼飯になったやろ? なんで、晩メシになっとんねん?」
「マクド食うたから。」
「ふーん、領収書は? 」
「え? 」
「マクドの領収書もしくは、本日、外出した証拠は? 」
「ない。でも、出た。」
「どこのマクドや? 駅前か? 」
「うん。」
「・・・・・あのな、水都。そんな歩き方で行けると思うんか? ひょこひょこと歩いて、メシ食いに行くなんてことは、おまえに関してはあらへんと断言できるわ。」
空腹だったら、砂糖入りのコーヒーを飲む。俺の嫁は、そういう人なんで、わざわざメシを食うために外出なんてしない。ましてや、腰の具合がおかしくて、ゆっくりしか歩けない状態なら寝ていようと考える。そういう人間だ。で、まあ、十年も夫夫もどきなんかやっていると、嘘つきやがっても、すぐに判る。うーと唸りつつ、俺の嫁は視線を逸らした。
「メシを食わへんかったら、ひとりえっち公開って言うたよな? それで、普通にしても、おもろないから、どっかの旅館でやっていただこうと思うたわけよ? 部屋に露天風呂ついてるとこにしやへんか? 」
「それは、あれか? その露天風呂でやれってことか? 」
「そうそう、なんか情緒あってええやん。たまに、そういう色っぽいこともしとかんと。どうせやったら、城崎でカニとかどうや? そろそろ、シーズン終わるし。」
「なんで、俺の旦那は、こんなあほやねんやろう。」
憐れむような目で俺を見て、俺の嫁は溜息を吐いた。旅行は確定だ。嫁が反対するわけがない。
「ほな、メシ食いながら行き先を決めようや。」
「俺、カニ尽くしとかいややで。」
「わかってるって、懐石風の料理に単品でカニ追加とかにする。」
うどんの入ったすき焼きを食べつつ、俺らは、週末の旅行について、いろいろとパンフを漁った。結論は出なかったが、俺の行きたいところでいいと、嫁が言うので、御堂筋に少し相談してみようと思った。できたら、ミステリーツアーで、嫁には行き先を知らせない方向でいきたい。
それほど、俺の手料理というものは貴重だっただろうか。ふと考えて、そういや俺の旦那と同居するまで、料理といえば、「カップラーメンに湯を入れる」だったことを思い出した。 同居して、俺の旦那が作るものを観察して、自分でもできそうなことをやりだしたら、俺の旦那は泣きださんばかりに喜んだから、それからちまちまと料理を覚えたのだ。
つまり、堀内のおっさんとつるんでいた頃は、俺の内に手料理というカテゴリーは存在しておらず、さらに、花月と同居してからは、堀内が転勤してしまったこともあって、つるむことがなくなっていた。
「なるほど。」
「何が、『なるほど』や? みっちゃん。」
あんたは、この家の人間か? と、ツッコミたくなるほど、堂に入った態度で堀内は、こたつで寛いでいる。持ってきた書類に目を通し、何件か電話した後、おっさんは新聞を眺めていたのだ。
「俺の手料理の貴重さが、わかった。」
「貴重やろ? わし、見たことあらへんだんやから。」
「せやな。同居してから、じわじわと覚えたわ。」
「花月のガキが、あんなに料理できんのも知らんかったしな。」
「花月は、会うた時から自炊やったで。そのほうが食事代が安いからやって。」
学生時代、花月は学費と家賃については親に頼っていたが、後は、ほとんど、バイトで賄っていた。自炊のほうが栄養バランスがよくて安価であることを、俺に説明してくれたし、俺の分も作ってくれていた。
「ようできたヤツやで、あれは。」
しみじみと、堀内が呟く。
「うん、俺も、よう、あんなんが俺の旦那になりよったと思うわ。」
俺も、卵を撹拌させつつ呟いた。どこもかしこも、まともで真っ当な人間であるはずの花月が、男の俺を嫁に貰った。理由は、「なんぼやっても孕まないから。」と「少し壊れているから」 だった。今でも、よくわからない理由だが、当人は、離婚するつもりはないらしく、今でも毎日、ここへ帰ってくる。
「いやまあ、割れ鍋に綴じ蓋っちゅーか、なんちゅーかやなあ。」
「そういうもんやろうか? あいつ、元々はホモやないはずやけどなあ。・・・そこ、片してくれるか? おっさん。うどんでけたで。」
「おう、すまんすまん。おまえ、運べるんか? 」
まだ、腰に違和感はあるのだが、まあ、うどんぐらいは運べる。いつものように花月によって作成されていた弁当と、朝メシを運び、やれやれと俺もこたつに落ち着く。
きっちりと気付きやがった俺の旦那は、朝から、ちまちまと俺の弁当を作成した。で、俺のほうは、旦那の弁当を作成した。ということで、内容物は同じだが、どのような配分であるかは、お互いに内緒で作った。
堀内のおっさんが、肉とじうどんを作れと、昼前に押しかけてきたので、その弁当は結局、おっさんの前にあったりする。パカンと、蓋を開けて、おっさんが、へなへなと萎れた。
「ん? 」
その様子に、俺も弁当を見て、ものすごく気分が萎えた。ピンクのでんぶで、ハートが描かれていたのだ。
・・・・ほんまにあほやな、あいつ・・・・・
わざわざ、でんぶまで買ってきて作ったのだから、その努力には頭が下がるのだが、それが三十を越えた俺の弁当ということに、疑問はないのだろうか、と、思う。