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スカイグレイ
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竹の花

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 次に彼が訪ねて来たのは、翌日のことであった。
「『不吉なこと』の正体がわかったかもしれない」
 心なしか、彼のもともと白い顔がさらに青ざめているように思えた。
「ありがたい。それで、なんと書いてあった?」
 自分が聞くと、彼は懐から何やら色々と書きつけてある帳面を取り出した。
「まずは、以前に竹の花が咲いた時のことを調べた。ちょうど六十年前だ。祖父さまが几帳面な性格で助かった。当時の日記が残っていたよ。竹の花が咲いた、不吉なことが起こらなければいいが云々、というようなことが書いてあった」
「それで、その『不吉なこと』は起こったのか?」
 ああ、と彼は短く言った。
「起こった。その年は学者の祖父さまの妻、つまり僕の祖母(ばあ)さまにあたる人と、君のお祖母さま……ほら、君を一番可愛がっていた人だ、その人の夫が相次いで亡くなっている」
 それを聞いて自分は仰天した。
「人死にか。しかも俺達二人に関係のある人だとは。いったいどういう状況で?」
「僕の祖母さまは旅行先で事故死。君のお祖父さまは、詳しくは書いていないが病死らしい。随分急だったようだ」
「事故死に病死……。嫌なことは続くものだな」
 家族の誰も、祖父のことについては何も語ってくれなかった。自分も、自分が生まれるより何十年も前に亡くなった祖父のことを気にかけることはついぞなかったのだった。
「祖父さまは日記に、二人の死を自分のせいだと書いていた」
「それはまたどうして。事故死と病死なのだろう?」 
 ただ不幸な偶然が重なっただけで、人間が介入する余地はないように思える。
「……これを見てくれ」
 彼は、黄ばんでぼろぼろになった紙を取り出して、自分に渡した。きちんと畳まれてはいるが、一度くしゃくしゃに丸められたらしく、一面に皺がついている。文字が書いてあるが、そのせいで酷く読みにくい。自分はどうにか判読しようと目を凝らしてみた。
「……これは、懸想文じゃないか」
 正確に述べるのなら、懸想文の書き損じである。書き出しの二、三行で諦めたと見える。文章も字もお世辞にも上手いとは言えない。しかしその拙く短い文章でも、書き手の想いを推し量るには十分であった。
「学者の祖父さまが、君のお祖母さまに宛てて書いたものだ」
 彼の顔は朱を刷いたように赤い。自分は驚きを隠すことができなかった。
「あの学者の先生が? これを?」
 自分は彼の亡くなった祖父をよく知っている。子どもの時分は随分と可愛がってもらったものだ。あまり感情を表に出さずに淡々と、物事をきちんと整理して話し、まさに理性の人という呼び方が相応しい人であった。理性よりも情熱が迸り溢れているような、この懸想文の書き手と同一の人間だとはとても思えない。
「こんなものを人に見せるのもどうかと思うけれど、他ならぬ君のお祖母さまに宛てられたものだから。どうして残っていたのかはわからない。しかし、これではっきりしただろう。これが書かれたのは二人ともが独身だった頃だが、関係はそれぞれの結婚後も続いていたようだ。同じような手紙が他に何通も見つかった」
 目を通したのはほんの二、三通だよ、と彼は顔を赤くしたまま言い訳がましく付け加えた。
「ともかく、二人は結局結ばれなかったということだな」
「あ……ああ、僕もその辺りの事情には明るくないが、おそらく親同士が勝手に結婚相手を決めたのだろうね」
 そんな時代だったのだ、と自分は思った。自分の祖母と彼の祖父がそのような関係にあるとは自分は全く知らなかった。祖母もそんな素振りは全く見せなかった。祖母の息子である父はどうだったのだろうか。その父も今や故人である。祖母は女手一つで父を育てた。当時の苦労話は祖母と父の両方からよく聞かされたものだ。父は、周囲から偏見を持たれないために一生懸命勉強して、学校を一番で卒業したことを酒に酔う度に自慢していた。父と祖母の繋がりはとても強く、時折自分は入って行けないと思うこともあった。祖母からも父からも、祖父の話は聞いたことがないが、年齢を考えると、父は祖父のことを覚えていなくてもおかしくはないのだった。
「二人の関係に、それぞれの配偶者は気づいていたんだろうか」
 自分が疑問を口にすると、彼はため息交じりに、さあ、と言った。
「それはわからない。だが、この許されない関係が二人の命を奪ってしまったのかもしれないと、祖父さまはそう考えて自分を責めていたよ。もうこれ以上関係を続けてはいけないと思ったのか、それ以後は手紙のやり取りはしていない」
「あの懸想文と二人の死に直接的な因果関係はないにしても、天罰のようなものが下ったと考えられなくもない、ということか」
 人智を超えた何かの力が働いた、といったところだろうか。もしそうだとしたならば、最早それは呪いである。
「ただの偶然だったかもしれない。しかし、これは仮定の話にすぎないけれど……、そう。あくまで、もし、もしもの話だ」
 彼は不自然に感じられるほど、一語一語を区切って言った。
「なんだ。言いたいことがあるなら早く言ってくれないか」
 彼の言わんとしていることを、自分はきっとわかっている。だが、それでも確かめずには居れなかった。
「もし今年も同じことが起こるとしたら……、死ぬのは僕や君かもしれない」
 彼は真面目な顔をしてそう言った。
「何を馬鹿なことを」
 自分は、言いながら冷たい汗が背中を流れるのを感じていた。顔に張り付けた笑みが強張っているのがよくわかった。
「でも、竹の精はもうすぐ恐ろしいことが起こると言ったのだろう? 今更それを嘘だったとか、夢だったとか言うまい?」
 彼は自分の顔をじっと覗き込んだ。彼の薄茶色の瞳に自分の姿がくっきりと映っているのが見えて、何故だかいたたまれない心持ちになった。

 竹の花が咲くと人が死ぬ。そんなことは根も葉もない迷信に決まっている。頭ではわかっていても、一度抱いてしまった不安は拭い去れない。
 彼が帰宅した後一人になって、自分は無性に恐ろしくなった。常に、人は心の片隅で死を恐れている。しかしそれは、ほんの小さな尺取虫のようなものであって、時折その頭をもたげるだけである。だが今は死への恐怖が増幅されて、大蛇のようになって、自分の心を苛んでいるのだった。
 怖いもの見たさで窓掛けをほんの少し持ち上げて、外を覗く。相変わらず竹林は薄暗い。花は今どういう状態なのだろうか。もうすぐ終わってしまうのだろうか。家の中からでは遠すぎてちょっとわからない。
 竹の精は家を出るようにと言った。それはつまり、家を出れば恐ろしいことから逃れられるということか。仮に呪いによって恐ろしいことが引き起こされるとするならば、その呪いは家にまつわるものなのか。自分の家は呪われているのか。何故、何故。
 
 生まれた時から住み続けてきた家には愛着があり、離れるのは忍びなかったけれど、自分は使用人達に暇を遣り、一時幼馴染の彼のもとに身を寄せることにした。使用人達は急なことに皆驚いていたが、自分が適当に理由を言い繕って給金をはずんだら、誰も何も言わなくなったのだった。全く、現金なものである。幸い彼も自分も独り身で、同居している家族はいなかったため、事は速やかに運んだ。
作品名:竹の花 作家名:スカイグレイ