夢見る明日より 確かないまを
7
「でもさ、その程度の気持ちで池野とこんなことできる?」
司が向かいに座る孝志の胸座を掴んで、後ろへ倒れた。
孝志もバランスを崩すけれど、顔がぶつかり合う前には肘を床についた。
出来上がったのは孝志が司を押し倒す格好。二人の顔の間には10センチも距離がないかもしれない。
胸座はつかまれたままで、起き上がることもできない。
「司っ!?」
「恋人同士だったら、そろそろこういう事しても良い年齢なんじゃないの?」
胸座をつかむ代わりに背中に手を回す。
「俺でキスの練習でもしてみる?」
背中に回した手に力を込めて、引き寄せた。
二人の唇が近づく。
自棄になっている司。
パニック状態の孝志。
先に我に帰ったのは、孝志の方。
「司、やめろよっ」
そんなことをされたら、我慢できなくなる。
司の手を無理矢理振り解いた。
心の蛇口を少しずつ、少しずつ閉めていこうとしたのに。
そんなことをされたら、今まで必死に調節してきたものが歯止めを失ってしまう。
司にしたらきっとこんなのはいつもの冗談。
それでも、孝志にとっては冗談なんかじゃ済まされない
「・・・頼むから、冗談でもそういうことするのは勘弁してくれ」
顔を背けたから、司がどんな顔をしたのか孝志は知らぬまま。
「悪い、今日は帰るな」
「うん・・・ゴメン」
孝志の返事は聞けぬまま部屋のドアが閉まった。
司が一人、部屋の中に残される。
『・・・頼むから、冗談でもそういうことするのは勘弁してくれ』
やっぱり、俺じゃダメか・・・・。
知らないうちに涙が頬を伝った。
池野なんかよりもずっと自分の方が孝志のことを想ってるのに・・・・・。
翌朝、いつも通りの時間に家を出る。
孝志といつも一緒に行くための時間。
もしかしたら、待ってないかもしれない、来ないかもしれないと思いながら、玄関のドアを開けた。
そこには、いつも通り自分の家の門に寄りかかって待っている孝志の姿。
「おはよ」
「ああ、おはよう」
いつも通りに挨拶を交わして、取り留めのない話をしながら学校へ向かった。
いつも通り、少し遠回りだけれど人のあまりいない道を通る。
「池野と別れた」
唐突に孝志が言った。
「は?」
「やっぱり司の言うとおりだと思って。大して好きでもないのに付き合うなんて失礼だと思った」
「そう」
そんなそっけない返事しか出来なかった。
それを聞いて少し浮いた気分も、一瞬で冷める。
孝志が池野と別れても、自分が拒否されたという事実は変わらないから。
作品名:夢見る明日より 確かないまを 作家名:律姫 -ritsuki-