夢見る明日より 確かないまを
3
「どーぞ」
ドアを開けたのは、大阪弁の幼馴染。
「お邪魔ー。司だけなん?」
「うん、そう。今日はもうみんな帰ったよ」
「生徒会長がおらんのはしっとる」
「もしかして、すれ違った?」
「さっき、なんかわからんけど、あの生徒会長が早歩きしとった」
珍しい。いつだって肩で風をきりながら、堂々としている人なのに。
「なんか動揺しとったみたいやったから、これはもしかして司に手でも出して殴られたのかと心配になって来たんや」
「・・・それ、俺のこと心配してくれてるかどうか微妙なところだけど」
「まあ、大人しく手出される奴やないことくらいは自覚あるやろ」
これは正解が半分、不正解が半分。
「まあ、ね」
「でも、そろそろ1年になるやん?」
「え・・」
この友人に、行田と付き合ってるということは言ってない。
でも、この情報通に隠しておけるはずもないかと思い直す。
まさか、付き合い始めた時期まで言い当てられるとは思わなかったけれど。
「・・・知ってたんだね。まあ、尚樹なら当たり前か」
「まあ、俺が知ったのはたまたまやけど。一応言っとくと、ほとんど誰も知らんみたいやで。先輩のほうも誰にも言うとらんみたいやな」
「そうかも。広めたくない事情がいろいろあるみたいだからね」
おそらくそれは生徒会の沽券を守るためだろうけど。
「俺も、誰にも言ってないし」
「孝志にも?」
「うん。そしてこの期に及んで、まだ知らなければいいのにって思ってる」
「・・・・そうか」
去年の夏の時点で孝志はもう知ってた、と司に伝えることはできなかった。
「さっきさ、キス・・・されたんだ」
「え、キス?」
尚樹の目が見開かれる。でも、それは『キスをされたこと』への驚きではない。
「まだキスかよ、って思った?」
「いや、そらまあ・・・1年も付き合ってるんやったら・・・なあ」
もっと先に進んだことをされそうになったのかと思った、と素直な感想。
「ないんだよねえ・・・何も。普通のカップルならさ、手つないで、キスして、もっとすごいキスして、ベッド行って・・・ってことになるんだろうけどさ。どれもできないし」
「まあ、手つないで歩いたりはできんなあ」
「そう。デートっていっても普通に並んで一緒に歩くだけだよ。買い物することが多いから、ぜんぜんデートっぽくもならないし」
「せやなあ・・・」
「だから実はさ、舌がはいってくるようなキスされたの初めてなんだよね」
「それで殴ってしまったんか?」
「え、殴ったりはしてないよ。そこは尚樹の勘違い」
「じゃあ、黙ってキスされたんか」
「うん。さっき行田先輩が動揺してたってきいて、ビックリした」
「はあ。キスごときで動揺なんて、あの生徒会長もかわええとこあったんやなあ」
と尚気は口では言ったけれど、自分以外の人間を想ってる相手にキスする勇気は大したものだと想う。そしてそれを感づかせないのも。
「付き合ってるって言ってもさ、俺としてはそういうことして欲しいわけじゃないから、いままで何も言わなかったけど・・・。やっぱそういうことしたいのかなあ」
「そら、好きな人とはしたいやろ」
「やけにあっさり言うね」
「自分かて、そうやろ。好きな人とキスしたいし触れたいって思わん?」
尚樹が、あえて先輩とは言わずに好きな人と言われた。
1年前にもらした弱音をまだ覚えているのかと司は苦笑い。
でも、そこには触れないで、話をそらすことを選んだ。
「尚樹はずいぶん経験豊富そうだね」
「え・・?」
まさか自分に白羽の矢がたてられたとは思わなかった直樹はそろそろと鞄に手を伸ばす。
「こんだけ知った顔で色々教えてくれたからには、その詳細をきいておかないとね」
中学時代の経験、洗いざらい話してもらおうか。
鞄をひったくられて、逃げることができなくなった。
まあ、鞄などひっらくられなくてもこの友人相手に逃げ出すことが不可能である事は、尚樹は十分心得ている。
作品名:夢見る明日より 確かないまを 作家名:律姫 -ritsuki-