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律姫 -ritsuki-
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novelistID. 8669
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夢見る明日より 確かないまを

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廊下がにぎわっていた。
昼休みの廊下は、いつもにぎやかではあるが、その比ではない。
何事かと思っていると、ドアのところで誰かが叫んだ。
「中間テストの順位が張り出されてるぞー!」
教室を出て、人の塊があるほうへ。
紙に10位までの名前が書いてあるらしい。

この3週間の頑張りが試されるときだった。
『松下、特にお前は次期生徒会長なんだからな』
孝志のいないところで、そういわれた言葉が頭を離れない。
先輩の期待に応えられるような順位だといいけれど・・・。
人の波を掻き分けようと入っていくと、自然と人の塊は二つに割れた。
司を紙の前に導くみたいに。
「司!」
後ろから名前を呼ばれて振り向くと、孝志と尚樹の姿。
「2人とも、もう見たの?」
「今からやで。俺の名前なんてあるわけないんやけど」
3人で紙の前に並んで自分の名前を探した。
10位から順々に見ていくけれど、なかなか自分の名前がみつからない。
3位、2位・・・1位 松下 司
「・・・うっそ」
一番上に、自分の名前が書かれていた。
2位との差は1点。危ないところとはいえ・・・正真正銘の一位。
・・・なるほどね、人の塊が割れるわけだ。
「さっすが司やなあ」
尚樹が隣でそうつぶやいた。
それでやっと、我に返る。
孝志の成績は!?
もう一度順位表を見るけれど、10位までに岡本孝志の名前は見つからなかった。
もう少し下まで目を向けると、小さな字で「次点 岡本孝志」と書かれている。
つまりは、11位。
「・・・孝志」
「悪い、・・・もう行くな」
孝志がそう言って、人垣を割って行った。
「何や・・・11位だってすごいのに、何が不満なんやろ?孝志ってそんなに成績にこだわる奴やったっけ?」
尚樹が不思議そうにそうつぶやくのは聞き流した。
孝志が階段を降りていったのだけ見えたから、きっと生徒会室に行ったんだろう。
折をみて、自分も後から顔を出せばいいかと思った。

ショックだろうと思う。
中学校のころは孝志がこんな順位だなんてありえなかった。
それに、目標を達成できなかったことなんて孝志にはないだろうから。
・・・励ましたいとは思うけど、きっと自分がいま、何か言っても逆効果・・・。
階段から目を離して、教室へと戻った。




1階まで降りていって、生徒会室のドアを開ける。
部屋の中に行田の姿はなかった。
「・・・はぁ」
知らず知らずのうちにため息が口をつく。
11位、か・・・。
厳しいな・・・。
中学と同じように行くなんて思ってなかった。
そもそもここは、各中学校からできる人だけが集まった高校だから、いい成績なんて簡単に取れない。
11位だったことが悔しかったわけじゃない・・・。
悔しかったのは・・・同じだけ、いやそれ以上に頑張ったと言えるのに・・・埋められなかった差。
才能の差を、思い知る・・・。

後ろから、ガラガラ、と生徒会室のドアが開く音がした。
司の顔を見るのがつらくて、振り向かない。
足音はこっちに近づいてきて、肩をたたかれた。
「心配するなよ、上出来」
聞こえた声は、司のものではない。
あわてて振り向くと、行田の姿。
「あ、すみません」
先輩が入ってきたのに挨拶するどころか振り向きもしなかった。
・・・司だと思った。
もしかして、司が追ってきてくれるって信じてた・・・?
「まさか松下がいきなり1位になるとは思わなかったな、それでもお前もよくやったよ」
行田先輩は、俺が10位以内に入れなかったことを気に病んでると思ってる。
「すみません、目標達成できなくて」
「いや、正直に言うとまさかここまでやるとは思わなかった。どっちか一人でも10位以内に入ってればいいくらいの結果を期待してたからな」
「え・・・?」
「だから俺としてはこの結果は十分満足のいくものだったわけだ。それに今の時点で11位ならこれから上がって行くだろ?1位をとって追いかけられるだけで目標が立たないのは悲しいぞ」
そう言うこの人の成績は入学以来ずっと1位を守り通しているらしい。
今回も確認するまでもなく、1位なんだろう。
「・・・はい」
「元気出せよ、何か悩んでるなら聞くぞ」
今は先輩の気遣いが苦しかった。
とてもじゃないけれど、相談できるようなことじゃない。
同じだけ頑張っても、あれだけの差があることが悔しいなんて。
司の才能を僻んでるなんて・・・。
「松下の1位の原因は、俺がプレッシャーをかけたからだよ」
その言葉に目を見開いた。
司がらみだということが、バレてる・・・?
「お前は次期生徒会長なんだから誰にも負けるなって俺が言った」
その期待を裏切るようなことは、多分司にはできない。
期待されれば、されただけ応えてしまう人だから。
「まさか最初から1位とるとは思わなかったけどな」
「司は、人の期待を裏切れないんです」
「そうだな、まともに生徒会に入る奴なんて責任感あるから皆そうだ。お前も」
「でも俺は・・・」
「『10位でも次点でも名前が載ったんなら変わりないからいいじゃん』って考え方ができないあたり、典型的だな」
「はい?」
「そういう考え方もアリだろ。実際たいていの奴はそう言うと思うぞ。だからお前がそんなに気に病むようなことじゃない、まだ高校生活は始まったばっかりなんだ。これから松下を追い抜くことだってできるかもしれないだろ?」
でも中学校のころは一度も勝ったことがない・・・そんなひねくれた反論が頭に浮かぶ。
「有名な言葉があるだろ、1%の才能と99%の努力。この高校に入ってくる奴の才能の差なんて1%の中でだって微々たるもんだよ。あとは努力だ。わかったか?」
「・・・はい」
「よし、さすが俺の後輩だ」

行田がそう言ったところで昼休み終了の予鈴が鳴った。
「じゃあ、もう俺は行くから」
「はい。俺も戻ります」

1組の教室に戻って、5時間目の準備を始めた。
励ましてくれたんだろうな、と思う。
実際に順位表をみたときよりも格段に気分が浮上したのを感じた。

「お疲れさまでーす」
「お疲れっス」
気合の入った挨拶を聞きながら、片付けを終えて柔道場の外に出ると司がいた。
「お疲れ」
「うん、お待たせ」
「帰ろっか」
部活が終わる時間は18時と決められているから帰り道はいつも一緒。
「行田先輩、いい人だな」
「え?」
「いや、なんか・・・そう思っただけ」
言葉が少し粗野な感じはするけれど、的確。
一つ一つの言葉に力があって、勇気付けられる。
いい先輩でよかった、と思う。
昼のことを思い出すと、先輩なりに一生懸命励ましてくれたんだと思うと頬が緩んだ。
「・・・俺はそう思えそうにないかも」
司が口の中だけでつぶやいた言葉は、孝志には届かない。

今日の昼休み。
予鈴が鳴るころ、生徒会室に孝志を迎えに行ったけど・・・そのまま帰った。
口を出せる話じゃなかったから。
ただ、孝志を元気づけられるのが俺じゃなくて、行田先輩だってことが、無性に悔しかった。