だうん そのさん
あははははは・・・と盛大に笑って、おっさんは、俺の手を掴まえる。外でメシでも食おうというのだが、そんなことをして、弁当を残したら、俺はとんでもない罰ゲームを受ける羽目になる。
「悪いけど、メシあんねん。」
「ほおか、ほな、おっちゃん、駅前で弁当を買おて来るわ。」
「いや、それやったらある。・・・ていうか、今更なんの騒ぎやねん? 俺はクビになったはずやで? 」
「クビ? ほおう、みっちゃんがクビなあ。本社の人事部では、みっちゃんは、リフレッシュ休暇でお休みになってたけど? 」
「そんなもん、うちの会社にあるかいっっ。」
「規定はある。誰も使こてなかっただけや。まあ、ええ、メシ食いながら話そうやないか。」
このおっさんは、堀内のおっさんに輪をかけて喋りの達者なおっさんだ。そそくさと、玄関で靴を脱ぎ、さっさと上がってしまった。
居間へと勝手に上がりこんだ沢野のおっさんは、おお、ええもんがある、と、こたつに、どっかりと腰を下ろした。こうなると、食べないと動かないだろうから、俺も追い返すのは諦めた。堀内のおっさんほどではないが、このおっさんにも、いろいろと世話にはなっていた。
「沢野さん、うどんとインスタントラーメンと、どっちがええですか? 」
「そら、うどんやろう。」
俺用の弁当では、絶対に足りないだろうと、追加メニューを尋ねたら、関西人らしく、うどんと言った。冷凍庫から冷凍うどんとねぎを取り出して、適当に卵とじうどんを作り、それと弁当を差し出した。
小さくて可愛い弁当箱を、じっと、おっさんは眺めてから、「バクダン小僧は元気そうやな? 」 と、笑った。食事に無頓着な俺が、これを作るわけがないことを、沢野のおっさんも知っている。
「元気です。マメすぎて、俺はメタボにならへんかが不安ですわ。」
俺は、トーストと朝飯のおかずと野菜スープを、こたつに載せて、本音を吐いた。家でくだぐたしているだけなので、そこまで世話されんでもええと思っている。
「いやいや、おまえは、それぐらいで、ええこっちゃろう。おーおー、ええがな、ええがな、この卵とじ。ほな、いただきます。」
小さな弁当箱から、メシをつまみ、えらい勢いで食事を始めてしまったので、俺もとりあえず口をつけた。まだ、あんまり腹は減っていないのだが、となりで、がつがつと食われたら、吊られてしまった。
全部きれいに食べ終わると、沢野のおっさんは、携帯で電話して、「美味い和菓子を持って来い。生のやつやぞ。」 と、怒鳴って切った。
「誰か来てるんか? 」
「一応、秘書と運転手はついてるで。」
「それやったら、メシなんか食ってんと用件済まして帰ったらよかったんや。」
「何を言うとるんや、この子は。みっちゃんの顔を見に来たんやから、こんでええんや。だいたい、用件はそれだけや。」
「そんなもん信じられるか。」
このおっさんが、そんなことで来るわけがない。俺がやっていた仕事は、ある意味、丸秘事項に携わっているから、口止めか、辞める際の念書でも取りに来たはずだ。けっして、外部に漏らさないという念書とか、下手すると、この業界からの追放とか言い渡されると、俺は思っていた。それぐらい、金を捌く仕事だったからだ。
「この業界は、まともなヤツはおらんのよ。だいたいが、どっかで下手こいたか、まともには働けへんヤツが来るとこや。」
いきなり、タバコをふかしつつ、沢野のおっさんは、しみじみと言いだした。確かに、俺だって未成年ということを隠して、最初は勤めていた。長いこと、同じ職場にいる人間も少ないし、どこからどう見ても、やーさんとしか思えないのがいたりする。そういう職場ではあった。
「本来は、金周りの仕事は身内にさせるんが、この業界の常識や。それが、堀内は、他人に任せる方法を編み出した。いや、みっちゃんは、ちゃうで。おまえが凄いのは、そこと違う。」
堀内のおっさんは、経理関係の人間に借金をさせて、それで管理していた。逃げても、闇金へ、その証文を売り飛ばすから、逃げられないし、借金があるからサボることもできない。そういう汚い方法だが、それで定着率は格段に上がった。俺も、同じように借金をしていたから、それは知っている。
「俺かて、一緒や。」
「あはははは・・・・ほんま、自分のことはわかってへんで、おまえは。おまえが凄いのはな、勤続十年越えて、なお、前借してへんってことや。ついでに、経理も綺麗なもんや。自分にも金にも興味がないから、おまえは貴重なんよ。」
「ああ、それは、堀内のおっさんから叩きこまれたからな。」
事務所にあるものは、金であっても金でない。この金は、勝手に持ち出すと、警察と闇金に追われる匂い袋みたいなもんや、と、俺は叩きこまれた。昔は、ネットで金を動かすのではなくて、現金で動かしていたから、事務所には札束が、ごろごろしていた。
「まあ、教えられても誘惑には勝たれへんのが人間や。ましてや、まともでないヤツは、わかってても手を出す。または、帳簿を改竄してちょろまかすことをする。」
「切羽詰ってたらな。」
何度も、そんな人間は見てきた。そこにあるのが、自分の物だと錯覚するのだ。
「おまえには、それがあらへんから貴重なんよ。堀内は、有給のあるうちは動かへんと胸を張りよったが、わしは心配やから、ここへこさしてもろた。」
「え? 」
指でも詰めさせるつもりか? と、訝しんだところへ、また、呼び鈴が鳴った。出て見ると、きつちりとしたスーツにメガネの男が菓子折りを差し出して、また、消えた。
届いた菓子折りは、どっかの有名店のものらしく仰々しい箱に入っていたが、沢野のおっさんは、「さあ、デザートや。」 と、乱暴に紙包みを破いた。話が途中だから、仕方なく、お茶を入れなおし、食べた食器を台所へ下げた。
菓子折りは、季節のものを模した生菓子で、梅やうぐいすの形のものや、少し早いが、雛人形の形もあった。
「おっさん、こんなん食べるんやったっけ? 」
「いや、一個でええ。後は、みっちゃんが食べ。残ったら、バクダン小僧にも食わせたれ。」
バクダン小僧という花月の愛称は、過去、あのあほがやったバカ騒ぎが原因で、その当時、事務所にいた人間は、誰でも知っている。もちろん、沢野のおっさんも、そこにいた。
「その愛称はやめたってくれ。人生最大の恥らしいから。」
あまりにも、バカなことをしたので、花月は、そのことを深く恥じている。だから、俺の職場には、何があっても近寄らないほどだ。すでに、あの騒ぎを知っている人間は、あそこにはいないのだが、それでも、トラウマになっているらしい。
「あのバクダン小僧の根性は、わし、大好きやで。」
「わかったから、ほんで、続きは? 」
どんどん脱線されては、話が長くなるので、本来の路線へ強制的に戻した。
「まあ、そんな調子やったら大丈夫やな? 」
「だから、何がやねん? 」
「うち以外に就職されては困るから、止めに来たのが本題。貴重なみっちゃんを手放すくらいやったら、あいつら全員を放り出すほうがええ。」
「貴重? 金に興味がないのがか? そんなもん、どう転ぶかもわからへん。」