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だうん そのさん

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意外なことに気づいたのは、俺の嫁が専業主夫化して一週間後のことだ。朝は、見送るにしても、パジャマなのは致し方ないとしよう。しかし、夕刻の帰宅時間まで、そのまんまであって、さすがに寒いのか、ジャージの上を羽織っているというおかしな格好であることが、日常茶飯事であるということに気づいた時だ。
「あのな。つかぬことをお尋ねすんねけどな。」
「おう。」
「おまえの服って、それしかないんか? 」
「え? 毎日着替えるほどには汚してないからやけど? 」
「いや、買い物は何を着ていくんや? 」
「この上にジャージでコート。」
 よくよく考えたら、こいつの衣服について考えたことはない。思わず、嫁の衣装ケースを開けたら、スーツとワイシャツが、ほとんどであることが判明した。後は、俺と出かける時に穿いているジーパンと、ニットのセーターが二着だ。
「何んかあるか? 」
「いや、おまえ、これって・・・・・」
「今まで、家ではパジャマとジャージやったからな。別にええやろ。」
 いや、かまわないのだが、あまりにも、毎日、同じ格好をしているのは、どうかと思う。ていうか、やっぱり、自分には興味がないのだ、俺の嫁。
「出かける。」
 ちょうど、土曜日の午後だ。近くのユニクロかシマムラあたりなら、それほど財布は傷まずに、何点かは買える。
「どこへ? 」
 怪訝そうな嫁は首を傾げているが、とりあえず、セーターとジーパンを、そこから引っ張り出して手渡した。
「俺の嫁の服を買う。」
「え? 家におるんやから、これでええやないか。」
「あかんっっ。ちゃんとした格好もしくは裸にフリルなエプロンで、俺を出迎えろ。」
「はあ? フリル? それは、おまえ、気食悪いと実証したったやないか。」
 以前、同僚の彼女がプレゼントしてくれたエプロンで、あまりにも似合わないことは実証した。だが、それとこれは別だ。
「だから、ちゃんとした格好で迎えろ。」
「そんな面倒な。」
「わかった。俺がちゃんと準備したるから、毎日、それを着ろ。」
 確かに、普段着なんてあまり持っていないものだが、こいつのは、ひどすぎる。仕事の時間が大半だったから、スーツ以外のものを着ることが少なかったけど、一週間、同じパジャマはないだろう。ていうか、洗濯しようよ、俺の嫁。
「パジャマも三着買う。」
「もったいない。」
「三着を一週間ローテーションするように。これは、旦那の命令じゃっっ。」
 専業主夫になっても、自分に興味がないことに変わりはないということを痛感した俺は、毎朝、毎晩、嫁の服装を整えるという用事が増えた。掃除と洗濯がなくなったから、配分からいえば楽なものだが、ついでに、昼は弁当にすることにしたので、朝は、弁当も作ることになった。これは、嫁が面倒だと昼飯を食わないことが判明したからだ。

 ・・・・・まあ、ええけどな。・・・・・・

 朝から弁当を詰めつつ、俺は苦笑する。どうしたって、嫁の世話は俺の仕事には違いないからだ。ベッドの足元に、本日の着替えを準備して、台所に弁当箱を置く。どうも気が抜けてしまった俺の嫁は、朝は寝坊するようになった。しばらくは、自堕落な暮らしというのを堪能したらええ、と、俺は思っている。今まで、そんなこと、したこともないのだから、遅ればせながら、そういうものを楽しむのもいいだろう。


 きちんと目が覚めるのが、最近は九時過ぎで、のそのそと起き上がる。ベッドの足元には、きちんと畳まれた服が置かれていて、渋々ながらも着替える。それから、コーヒーを砂糖入りで飲んで、洗濯物に取り掛かる。まあ、そうはいっても、ぽちっと、ボタンを押すだけで、脱水まではお任せだ。
 とりあえず、食卓の上にあるものを眺めて、それから、タバコをふかしつつ新聞を読む。

・・・そりゃ、専業主婦になりたがるわけだよな・・・・・・

 なんとも長閑な時間がある。掃除といっても、子供やペットがいるわけではないから、汚れることはない。適当に、掃除機をかけて、後は、目立つところだけ雑巾で拭くぐらいのことだ。
 食卓には、ラップされた朝飯があって、ついでに、横には、可愛いキャラクターが描かれた弁当箱がある。俺は、それだけで、とても疲れた気分になる。


 先日、面倒だから、朝飯しか食わないことがバレて、百均で俺の旦那が買ってきた弁当箱だ。それほど食べないから、小さいのでよかったのだが、小さいのは、どれもキャラクターものの弁当箱だったらしい。当人は、大きなサイズの普通のものだった。毎朝、ちまちまと弁当を作り、花月は出勤する。まあ、野郎の作る弁当だから、のり弁当とかうめぼし弁当に毛が生えた程度ではあるが、手間ではあるだろう。
「食ってなかったり、そのまんま捨てた場合は、俺の前で一人エッチ公開っっ。」
 あほなことを叫んでいたが、あれは本気だ。長年付き合っているので、本気か嘘かくらいはわかる。怒ると容赦しない男なので、それだけは勘弁だと、大人しく食べている。
「でもな、俺、朝飯食って、昼飯食うなんて芸当は難しいんやけどなあ。」
 働いていた時ですら、一口二口しか朝は食べなかったし、昼飯だって麺類で済ましていたのだから、二食をまともになど食えるはずもない。朝飯を昼に食って、弁当は、三時のおやつに無理に詰めている。それでも、確実に体重が増加しそうに苦しい。

・・・マメ過ぎて、涙出るわ・・・・

 洗濯物を干し終えて、仕方なく朝飯に手を出す。



     ぴんぽーんぴんぽーんぴんぽーんぴんぽーん



「誰じゃあっっ、人んちでピンポンダッシュしとるあほはっっ。」
 がんがんと鳴らされる呼び鈴に、怒鳴りつつ玄関を開けたら、とんでもないのが立っていた。
「・・・え?・・・・」
「よおう、みっちゃんっっ。久しぶりやなあ。さあさあ、おっちゃんとメシでも行こうやないか。」
「・・う・・え・・・常務ぅぅぅ?・・・」
「そうそう、常務の沢野のおっちゃんやでぇ。」
 俺の働いていた会社が合併する前は社長だったおっさんだ。合併して、常務になったものの、経営しているのは実質このおっさんだったりする。ついでに、堀内のおっさんが専務で、表向きには、堀内のおっさんのほうが地位が高く見られているが、実は、代表権を持っていないだけで、沢野のおっさんが現在の会社の経営全般の舵取りしているので、俺からすれば雲の上の人だったりする。昔は、同じところで働いていたが、会社が合併して本店が中部になった段階で、代表取締役を合併した相手の会社の社長に譲る形で、補佐役として本店に移動したので、それからは、ほとんど会っていない。
「なんで、あんたが、ここにおるねんっっ。」
「みっちゃんの顔を拝みに。」
「あんた、本社におるはずやろっっ。」
 そう、本社で、ふんぞり返っているはずのおっさんだが、フットワークが軽いのでも有名だ。お忍びで各店舗の視察なんぞやらかす悪魔のようなおっさんでもある。しかし、ここのところは、中部地域の梃入れとかで、あっちばっかりを飛び回っていたはずだ。
「いやあーみっちゃんがゆっくりしてるって聞いてなあ。ほら、いつも、堀内がわしの邪魔ばっかりして、みっちゃんに会わせてくれへんかったから押しかけてきたわ。」
作品名:だうん そのさん 作家名:篠義