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砂の詩

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■第二章



この砂漠は、一体どこまで続いているのだろう?


一体、どれくらいの距離を歩いたのだろうか?
一体、どれくらいの時間、歩き続けているのだろう?
あの人が言っていた言葉の意味が、今ではよくわかる。
あの人が泣いていた意味が、今ではよくわかる。

探していたものは、もう見つけた。
そっと自分の胸にふれてみる。
それは、大切にここにしまってある。

不意に、目の前が暗くなった。
足が動かない。体が重い。砂に足をとられ、砂漠にうつ伏せに倒れる。
顔に砂の熱さを感じる。
もう、動けない。
ここで終わり。
ここで、このまま砂に埋もれて、そして砂に還って行くのだろうか?
でも、もうこの砂漠を歩き回る必要もない。
探していたものは、ここにある。
体は動かないのに、頭だけは妙にはっきりしている。
急に昔のことを思い出した。
世界がこんな風になる前のこと。
まだ、お屋敷で働いていた時のこと。
砂漠。
あの人と一緒にいた時のこと。
一人で砂漠を歩いていた時のこと。
いろいろな機械の残骸。
砂漠。
あの人がいなくなった時のこと。
砂漠。
一人で砂漠を歩いていた時のこと。
砂漠。
一人で砂漠を歩いていた時のこと。
砂漠。
あの人がいなくなったときのこと。
一人で砂漠を歩いていた時に聞いた、あの砂の音。
あの人がいなくなった時のこと…。

もう一時だけ、空が見たかった。
もう一度だけ、雲が見たかった。
もう一度だけ。
そう思って、思い切ってうつ伏せから仰向けに体を起こす。
青空。
見えるものは、空と、雲と、風に運ばれている砂だけ。
聞こえてくるのは、砂漠を吹き抜ける風の音だけ。
聞こえてくるのは、砂漠を吹き抜ける風の音だけ。
砂漠にあるものはそれだけ。
空と、雲と、風と、砂だけ。
他のものは、何もない。
太陽が少しだけ傾いていた。



私が一人で砂漠を歩き始めて、もうどれくらいになるだろう?
御主人様(マスター)がいなくなって、私は一人になってしまった。
あの人は最後に泣いていた。どうして泣いていたのか、それは今でもわからない。
だから、その理由を知りたかった。
御主人様がいなくなってしまったから、私はすることがなくなってしまった。
だから時間はたくさんあった。
私が動けなくなるまでの残された時間を、そのために使ってみようと思った。
私は少ない荷物をまとめ、御主人様のお墓を後にした。
砂漠を歩いて、歩いて、歩いて。
でも、誰かに会うことはなくて、出会うものと言えば、何かの機会の残骸ばかりで。
そもそも、探そうと思っていたものが何だったと言うことさえわからなくなって。
私が探そうと思っていたものは、一体何だったのだろう?
何を探せばいいのだろう?
周りには誰もいない。誰に尋ねることも出来ない。
あるものと言えば、機械の残骸だけ。
とりあえず、機械の記憶(メモリ)を調べてみることにした。
ここらにあるものは全部、兵隊さんが乗った機械などではなくて、自動的に動く機械ばかりだった。
最初に会った機械は、飛行機で、砂漠に一人ぼっちで墜落していた。
右側の翼は真ん中から折れていて、左側の翼は根元からなくなっていた。頭から砂の中に突っ込んでいて、後ろのほうはへし折れていて、少し離れたところに突き刺さっていた。
背中からケーブルを伸ばして、私はその飛行機の記憶に接続した。
彼女の記憶は、空だった。
そして、彼女の記憶は戦争だけだった。
生まれたのは三ヶ月前。生まれてすぐに、世界中の空を飛び回って、世界中の空で戦ってきた。
そして、この砂漠で撃墜された。
一人でこの砂漠の上を飛んでいたら、突然ミサイルが飛んできた。
彼女が見た最後の景色は、果てしなく紅い朝焼けの空だった。


そういうことを繰り返してきた。
そういうことを繰り返して、この砂漠を歩き回ってきた。
出逢う人はおらず、出逢ってきたものは全部、壊れた機械の残骸だけ。
私はそんな機械の最期の記憶と出逢ってきた。
みんな、死ぬ時はいつも一人ぼっちだった。誰にも知られず、ただ砂の中に埋もれて消えていく。
私はそんな機械たちの記憶を、出逢ってきた全ての機械たちの記憶を、自分の中に保存していった。
こうすることしか出来なかったし、こうすることで私の探しているものが見つかるかもしれなかったから。


そういうことを繰り返して、ずっとこの砂漠を歩いてきた。
彼と出逢ったのは、そんな時だった。
彼は、私が今まで出会ってきた多くの機械たちと同じように、一人静かに、砂の中に横たわっていた。
彼は中型のロボットだった。体の半分は、激しい砂嵐のせいか、砂の中に埋没していて、地上に出ている残り半分も、大きく抉れていた。だから彼がどんな機能を持つロボットなのかはわからなかったけれど、その大きな両目を備えた頭部には、どこか愛らしさがあった。
彼は、もしかしたら今まで出逢ってきた機械たちとはどこか違うのかもしれないと、そう思えた。
ただ、彼がこれまでと違っていたのは、まだその機能の一部を保っているところだった。
そう、彼はまだ生きていた。私が初めて会った、生きているものだった。
彼がまだ生きていることはすぐにわかった。彼の体はボロボロに壊れていてはいたけれど、その両目は絶えず明滅を繰り返していたから。辛うじて生き残った制御系の一部が誤作動を起こしているのかもしれなかったけれど、その可能性は信じたくなかった。両目の明滅は不規則ながら、どこか彼に意思があることを感じさせていた。体はこんな風になっていても、彼の頭脳はまだ生きているのだ。
私は嬉しかった。とても嬉しかった。生きているものなどこの砂漠には皆無で、最後に会ったのは私の亡くなった御主人様だけで、それ以来、一人でこの広大な砂漠を彷徨い続けていたのだ。嬉しくないはずがない。
私は彼に語りかけた。あなたは誰ですか? どうしてここにいるのですか? 何をしていたのですか? どうしてこのようになったのですか?
これまでは、機械たちの記憶に残された断片的な記憶を見ることしか出来なかったが、彼はまだ生きているのだ。私の話を聞いてくれるかもしれない。私が聞きたいことに答えてくれるのかもしれない。そんな期待がどこかにあったのかもしれない。私は夢中で質問を浴びせ続けた。
でも、そんな私の期待はあっさり裏切られた。
彼がまだ生きていることは間違いなかったのだが、彼はもう停止寸前で、聴覚センサは私の声に反応してくれず、視覚センサも私の姿を映していなかった。
彼はただ、その両目を明滅させるだけだった。
ただ一点を見つめて。



彼のそばに座ってから、太陽が五回沈んだ。
彼と出逢った日から、私はこうして彼のそばに座り込んでいる。
どうしようもない神経パルスが私の中を駆け抜ける。それに戸惑い、困惑し、五日経った今でも、私はこの場から動けないでいる。
作品名:砂の詩 作家名:サカス