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砂の詩

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これまでなら、ケーブルを介して直接彼の頭脳に接続して、彼の記憶を受け取ったらケーブルを外してその場を立ち去る。そしてまた次の出逢いを求めてこの砂の上を歩き回る。たったそれだけのこと。もう幾度となく繰り返してきた、一連の作業。出逢った機械に例外なく繰り返してきた、、そんな単純な作業。もう儀式と呼んでもいいのかもしれない、そんな作業。
なのになぜ、私は何もしないで、ここにこうして座り込んでいるんだろう?
その答えもわからないまま、私はこうしてうずくまっている。
うずくまったまままどろみ、浅い眠りから目覚め、そしてまた同じ漠然とした思考を繰り返す。
彼は依然として、その両目を明滅させていた。
朝も、昼も、夜も。
しかし、その様子を見つめているうちに、私はふと思った。
彼はもう目も見えていない。耳も聞こえていない。体に至っては、その内側に砂が入り込むほどだ。
でも彼は誰かに、そう、ここにいない誰かに語りかけているのではないだろうか?
もしかしたら。
でも誰に?
もう何も見えない。もう何も聞こえない。砂の上を這うことさえ出来ない。
でも
もしかしたら。
そんなことを思って、また三回太陽が沈んだ。その三日の間に大きな砂嵐が四つも来た。
でも、私はまだ、彼の隣に座っていた。
彼が誰に向かって語りかけているのか、それが気になって仕方なかった。
いつの間にか、私は彼が誰かに語りかけているものだと勝手に思い込んでいた。そう信じたかっただけかもしれないが、私にはそう思えてならなかった。
私は彼のことを知りたくてたまらなかった。これまで幾度となく彼の記憶に接続しようと思ったか、本当に数え切れない。
でも、出来なかった。
なぜか、そうしてはいけない気がした。
私は彼の言葉に耳を傾けた。その両目を見つめることで、彼が語っているであろう、その言葉を聞くことで彼を感じようと思った。彼を理解しようと思った。
ケーブルなんか使わずに。
その言葉に耳を傾けて。
彼は雄弁なロボットだった。その瞳が瞬きを止めることはなく、時に強く、時に優しく語りかけていた。
その瞳を眺めていると、彼がどんなロボットで、どんな日々を送っていたのか、少しだけそれがわかった気がした。
私の知らない誰かと、彼が最も大切に思っていた誰かと、きっと彼は二人だけで静かな、しかし決して寂しくはない日々を過ごしていたはずだ。
ケンカをしたこともあったのかもしれない。
とても嬉しいことがあったのかもしれない。
悲しいこともあったのかもしれない。
でも幸せだったのだ、彼は。




彼の隣で目が覚めたとき私は、何かいつもとは違う、と思った。
最初はそれが一体何なのかわからなかったが、すぐに辺りが妙に静かなことに気付いた。大きな砂嵐も去ったばかりだから、これといった脅威も見当たらない。見渡す限り広がるこの砂漠は、今さら脅威とはいえない。
ここまで静寂を不気味に感じたのは初めてだった。
私はゆっくりと振り返った。そしてそれに気付いた。
誰よりも、この砂漠で誰よりも彼の近くにいたのに、私はまったく気付くことができなかった。
それは、切れかけた電球を思わせた。
昨晩までとは打って変わって、彼の両目は、もはや意思を感じさせるような力強い瞬きはなく、風の中で揺れる、儚い蝋燭だった。
それが何を示しているかは、考えるまでもなかった。
ついに、彼の命の炎が消える時がやって来たのだ。
私は震え上がった。
どうして考えなかったのだろう?
本当はわかっていたはずなのに。
初めて会った時から、彼の時間が残り少ないことはわかっていたはずなのに。彼が他の機械たちとは違っていたのは、まだその時間が残されていることだけだったのに。
私は怖かった。
神経パルスが不規則になり、バイタリティが全て、異常な値を示していた。
初めて、恐怖を感じた。
怖い。
彼が死ぬことが怖い。
誰かがいなくなることが、こんなにも怖いことだったなんて、想像も出来なかった。
しかしこの期に及んでも、彼は語ることをやめようとはしていなかった。弱々しい瞬きが途絶えることはなかった。
私は彼のそばに崩れ落ちるように座った。いや、座ったと言うよりも、倒れると言った方が正しかった。それくらいの勢いだったのだ。
砂の上にうずくまったまま、彼の両目を見つめていた。見つめているつもりでも、私の目は何も見ていなかった。
いつの間にか夜は完全に明け、太陽は強烈な日差しで私たちの影を砂の上に焼き付けていた。
雲ひとつない青空だった。
風ひとつない青空だった。
静かだった。
太陽が昇りきった砂漠には、動き回る影など一つもない。
だから、砂漠には音を立てるものなどいるはずもない。
風でも吹かない限りは。
でも、今はその風もない。
完全な静寂だった。
私は怖かった。一人でいることの静寂に耐えられなかった。
私は動けなかった。
彼がその命を終えようとしているその時でさえ、私は動けなかった。


彼がその命を終えたのは、夜も完全に更けた頃だった。
最期のその時まで、語ることをやめなかった。
私は静かに彼を看取った。
その遺体は丁寧に砂の中に埋めた。
彼の遺体を埋め終わった後も、私はその場から離れることが出来なかった。
何も考えられなかった。
何も考えたくなかった。
何もかもがわからなくなっていた。
ふと、顔を上げた。
月が出ていた。
欠け始めた下弦の月だったけれど、その光は砂漠を静かに照らし出していた。
生きているものも、死んでしまったものも分け隔てることない、誰にでも平等で、静かな冷たい光。
私は握っていたものを、その月の光の中にそっと翳した。
それは彼が大切に持っていた物。
もう動かない手の中で、彼が胸の前でしっかりと握り締めていた透明な石。
その小さな欠片だった。
あまりにもしっかり握っていたせいだろうか、それとも最初からそうだったのか、彼の手の中には小さく割れた幾つもの欠片が大切に握り締められていた。
彼を埋葬する時、初めてこの石に気が付いた。
彼との別れの時に、この小さな欠片の一つを貰おうと決めた。
彼がとても大切にしていたものだから、こんな小さな欠片一つでも気が引けたが、それでも彼との別れに一つだけ、一番小さな欠片を貰った。
結局最後まで、彼と接続することはなかった。だから私は彼のことは何もわからないし、何も知らない。彼の身に何が起こったのかも、この石にどういう意味があるのかもわからないまま、彼と別れてしまった。
でも、それでも良かったと思えた。
この小さな、彼の宝物を貰えたのだから。
東の空が白んできた。
もうすぐ夜が明ける。


私は、御主人様(マスター)と別れて、あのロボットと別れてここまで来た。
私もここで終わりらしい。
でも、私が探していたものはここにある。
そっと自分の胸に触れてみる。
それは確かにそこにあった。


探し物は、見つかった。


風が強くなってきた。

もうすぐ砂嵐がやってくる。
作品名:砂の詩 作家名:サカス