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砂の詩

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■第一章

彼女がいるから、私はここにいる。


彼の一日は、通路の補修から始まった。

「あーるー!」
一号通路の反対側の非常口から彼女が呼んでいる。手には丸めた何かを握っていて、こっちに駆け出してきた。
その声を聞いた私は、作業中だった手を止め、彼女のほうへ目を向けた。一号通路はこの基地の中で最も距離があり、大型の輸送車両でも二台並んで走れるくらいの余裕がある。その名の通り、この基地内の幹線通路である。もちろんそれだけ頑丈に作られており、それだけに補修作業も手間がかかる。この通路の補修を始めたのは彼女とここで暮らし始めた時からなので、もう五年もこの作業を行っていることになる。本当はもっと早く終わらせたかったのだが、ここの補修作業だけにかまっていられなかったのも事実だ。
そう、やらなければならないことはたくさんあったのだ。
「あーるー」
彼女がようやく私の足元までやってきた。彼女が右手に持っていた物は画用紙を丸めたもので、嬉しそうに振り回している。そう言えばこの時間は、彼女には絵の練習をさせていたのを思い出した。
「あーるー、見て見てー!」
イヴは手に持った画用紙をいっぱいに広げて、私の前に誇らしげに掲げた。
「ほらっ、ほらっ、見てー見てー!」
「どうしたんですか、イヴ?」
私はイヴの目線に合わせるように屈み込み、尋ねた。
「あのね、あのね、絵を描いたの! イヴとね、あるの、絵を描いたの!」
そう言って、彼女は再び私の前に絵を掲げた。


イヴと出会って、もう三年になる。
一介の偵察機に過ぎないこの私と、人間の、それもまだ幼い子供の彼女が一緒に生きていくには様々な問題があった。
しかし、それも過去の話だ。今は切羽詰った問題もない。
私は基地の補修に、彼女は自分の勉強に勤しむ毎日。
これを幸福と言わずして何と言うのであろうか?


今日もあると遊んだ。
昨日もあると遊んだ。
明日もあると遊ぼう。

あるは言葉をしゃべれない。
でも昔はしゃべっていた。
昔はあるとたくさんおしゃべりをした。
イヴがうれしかったことや、かなしかったことをあるにいっぱいお話しして、あるも、いろんなことをイヴに教えてくれた。
あると会ったのはずっと前。あるとは、ここじゃない昔の基地で会った。ここへは、ずっと前にお引越しをしてきた。お引越しをする日、どうしてお引越しをするのかあるに聞いてみた。あるは、ここにいたら危ないです、ってことしか言ってくれなった。
でもお引越しをする日、朝目が覚めたらあるはいなかった。最初は、あるがかくれんぼをしてるのかと思っっていた。その頃のイヴは、かくれんぼが大好きで、かくれんぼばっかりしていた。いつもイヴが隠れるほうをやって、あるが鬼のほうだった。時々はイヴが鬼になって、あるを探すほうをやったこともある。でもあるが隠れても、すぐに見つけちゃうから全然おもしろくなかった。だからあるには、いっつも鬼のほうをやらせていた。
だから、あるも鬼じゃなくて隠れるほうがしたくて、イヴを驚かそうとして隠れてるのかと思った。
どうせすぐに見つかると思っていた。あるはいっつもおなじ場所に隠れるから。
あるはいっつもいっつも、イヴの勉強部屋のそばの、おっきな箱がいっぱい置いてあるところの隅っこに隠れる。
だからそこにいると思っていた。
どうせすぐに見つかると思っていた。
だからそこに行ってみた。
でも、あるはそこにはいなかった。
基地の中を全部探したけど、ぜんぜん見つからなかった。
いっしょうけんめい探したけど、見つからなかった。
空が真っ暗になるまで探した。
でもあるは見つからなかった。
空が暗くなって、基地の中がまっくらになって、怖くなった。イヴは暗いのがキライ。だから怖くてあるを探すことができなくなった。イヴの部屋の明かりはあるにしか点けられない。ずっと前にイヴが点けたいって言った時、あぶないですって言って、イヴにはぜったい点けさせてくれなかった。
だからイヴの勉強部屋はまっくらだった。
まっくらな勉強部屋で、ひとりで泣いた。
あるにおいてけぼりにされたんだと思った。
おかあさんとおとうさんが、イヴをおいてけぼりにしたみたいに、あるもイヴをおいてけぼりにしたんだって思った。

気がついたら朝になっていた。
太陽はもうお空の高いところにあって、暑くなり始めていた。
今日は基地の外を探そうと思っていた。
だから急いで部屋のそとに出た。
ドアを開けた。
そしたら、目も前にあるが座っていた。
体中が傷だらけだった
どこもかしこも傷だらけだった。
あるは、廊下の壁にもたれかかったまま眠っているようだった。
あるを起こした。
いっしょうけんめい、あるの肩を揺さぶった。
どこに行ってたか聞きたかった。何があったかき聞きたかった。
でも
そんなことよりも、あるに起きてほしかった。
あるが死んじゃったら、イヴはひとりぼっちになっちゃう。
おかあさんもおとうさんもいなくなったあの日みたいに。
いっしょうけんめい、あるの名前を呼んだ。
いっしょうけんめい、あるの名前を呼んだ。
あるの目が光った。
よかった、あるが起きた。
あるに飛びついた。なみだが出てきた。おなかがへった。あると遊んでもらおうと思った。たくさんなみだが出てきた。あるが起きてくれてよかった。死んでなんかいなかった。よかった。
あるが立ち上がった。
あるに朝ごはんが食べたいって言った。昨日からごはんを食べていなかったことを思い出して、おなかがなった。
でも、あるは何も言わなかった。
へんだった。いつもなら、イヴがおなかがへったって言うと、ごめんなさい、とか、すぐ作ります、とか言うはずなのに。
あるがおかしい。
あるの顔を見た。
目がぴこぴこ光っていた。
あるはしゃべるとき、目がぴこぴこ光る。
あるはしゃべっていた。
でもしゃべっていなかった。
その日から、あるはしゃべっているけど、しゃべれなくなった。


あの日からあるはしゃべれなくなった。
でも、あるが何を言いたいのか、イヴにはちゃんとわかった。
だから、だいじょうぶ。
でも、あるがいなくなっちゃうのはぜったいに、ぜったいにイヤだった。だから、あるにイヴのたからものをあげた。
イヴがいちばん大切にしているもの。それをあげるから、もうイヴをひとりぼっちにしてどこかに行っちゃだめってあるに言った。
あるは、わかりましたって、目をぴこぴこさせて言った。


イヴが私の肩の上ではしゃいでいる。
勉強部屋まで、肩車をして欲しいとイヴが言ってきたのだ。
イヴのほうを見る。
彼女は右手に、先ほどの絵を丸めて持っている。
あの絵には、私と彼女が並んで描かれていた。
そして二人の背後には灰色の建物が、そしてその後ろに広がる、画用紙いっぱいの砂漠が描かれていた。

ここは、私達二人だけの世界。


あるに、肩車してももらった。
イヴは、あるに肩車をしてもらうのが大好き。
あるはイヴなんかよりも、ずぅっとずぅっと大きいから肩車をしてもらうのが大好きだった。
ここには、あるとイヴの二人しかいないから、肩車をしてくれるのはあるしかしない。
ちょっと寂しいけれど、あるがいてくれるから平気。

イヴは、あるのことが大好きです。

作品名:砂の詩 作家名:サカス