書評集
粟津則雄『美の近代』
ヴァレリーによれば、近代の特質とは、「相反する観念や原理のほしいままなる共存」である。粟津はその洞察を導きの糸として、具体的に19世紀末の芸術家たちを対立させ、いずれも同じような志向性を持ちながらも鋭く対立してしまった仕組みを芸術家たちの言葉を引きながら論じている。モネが光を追求した一方でルドンは闇を追求する。マラルメが詩的言語を純化したのに対しランボーは感覚を重視する。ゴーギャンが原始の心性を求めたのに対してゴッホは聖性を求める。クレーが天使だったのに対し、ピカソは破壊と拒絶を繰り返す。そしてワーグナーもまた近代の雑居性を顕わにしている。
本書は、豊富な引用をもとに、なるべく恣意的な解釈を抑え、それでありながら近代における芸術の状況に大きな筋を通している。近代芸術において相反する原理が共存したことを例証するために、引用や解釈の筋道が立てられる。粟津の批評性は、何よりもヴァレリーの看取した近代性の特徴を具体的な芸術家たちの言葉や意図をもとに整理した、その整理の手際にかかっていると言えよう。もちろん、余りにも図式的な対立は回避され、議論には精彩があるのだが、膨大なテクスト群を一つの原理のもとにまとめ上げるというのは批評の一つのかたちだと思う。