小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

書評集

INDEX|31ページ/45ページ|

次のページ前のページ
 

中上健次「岬」


 血縁というものは烙印である。それは社会から、社会の異分子として押される烙印ではなく、ただ分娩される行為によって、肉体的に押される烙印である。社会が人間を取り巻く以前に、人間の存在と同時に押される烙印であり、それゆえそれは傷であると同時に意味を有する。それは、言語や制度の反射を受けて成立する、言語や制度によって裏打ちされた烙印ではなく、言語や制度以前に根源的に人間に押される烙印である。
 だから、血縁という烙印を押すのは自然法則、生殖の法則のようなものであり、人間はその責任を社会に転嫁することができない。血縁の烙印に関して、人間は被害者になることができない。確かに、生みの親はいる。だが、生みの親は血縁という烙印に関して責任を負わない。責任転嫁の先には生殖行為という自然の営みだけがあり、それは責任を負う能力がない。それゆえ、血縁という烙印を、人は自らの責任として負っていかなければならない。この、烙印を押す主体性の欠如が血縁の特徴である。
 人間は自ら背負った血縁を、それゆえ自らコントロールしていかなければならない。血縁という烙印の責任を自ら負うのである。血縁という烙印は、消すことのできない身体的なものであるが、その意味は多様に変わりうる。この作品で、主人公は、母や姉、「男」などと血縁関係にある。その母から生まれた、その「男」の子である、その姉と血を分けている、これらは主人公に押された前社会的な烙印であり、それは多様に意味を変えていく。それと同時に、主人公は自ら血縁の意味を変えていこうとするのだ。
 姉は気がふれてしまう。そのことによって、主人公の姉との間の烙印は意味を変えていく。これは姉が変わったことによる烙印の意味の変化である。自分はそのような姉の弟なのだ。一方で、主人公は、実父との間の烙印に憎しみを持っていて、だけれどもその烙印を消すことはできないという苦悩にさらされる。主人公は、実父との烙印の意味を変えようと必死だが、一方で、その意味は決して変えることができないという観念に支配される。そこで主人公は、妹と交わろうとする。それは、妹との間の烙印の意味を変えることであり、血縁という烙印を自ら支配し操作するということだ。
 血縁という烙印は、傷として、人間を前社会的に支配する。主人公は、受動的にその意味が変わっていくのを見守ると同時に、絶望的にその意味を変えることができないことを認識し、他方では能動的にその意味を変えようとして血縁という暴力に復讐しようとする。血縁の責任は主人公にゆだねられている。実父との変えられない関係の暴力に復讐するために、主人公は妹と交わり、血縁の意味を変えようとしていくのである。

作品名:書評集 作家名:Beamte