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書評集

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柳美里「家族シネマ」


 この小説には主人公の内面がほとんど描かれない。せいぜい嫌悪感や憎しみ、その他感覚的なものが描かれるだけで、主人公は一つの硬い鏡のようで内側をほとんどのぞかせない。複雑な家庭環境で育った主人公は、憎しみを外に向けることを身につけた、と語っている。憎しみを外に向けるということは、外界に対する大きな関心を身につけると同時に、外界へと感情を費やすことで感情を使い果たし、内側で感情が豊かに育つことを阻む。
 憎しみの持つ感情の凝固作用、憎しみによる外界への強い関心、憎しみによる外界をはねのけ反射していく力、それらによって、主人公の認識は浅く、外へと偏っている。だが、その憎しみが形成される以前の記憶について主人公は能弁に語る。主人公が内面について語るのは、もっぱら家族が安泰だったころの記憶であり、その記憶の領域だけはまだ憎しみの殻に覆われていず、主人公の豊かな感情が生きているのである。
 家族の劇を映画化する撮影の作業によって、主人公はかつての家族の姿を思い出し、時折それまでの憎しみの殻を外して家族の思い出にふける。だが、主人公はそれによって家族のつながりを取り戻したり、憎しみを捨て去ったりするわけではない。主人公が家族の思い出について感情をめぐらしているときでも、憎しみは存在し、それは殻というよりはむしろその思い出の源泉となっている。
 つまり、主人公にとって憎しみとは外界に対する殻として存在すると同時に、もはや自らの内面について思いを巡らすにあたっても前提とされるものとなってしまっているのである。それはもはや単純な悲劇ではなく、かといって喜劇でもなく、むしろ主人公のどこまでも生き抜こうという力強さを感じさせる。悲しいのでも嬉しいのでもなく、淡々と生きるために憎しみを抱き続けるということ。この小説は感情ではなくむしろ意志によって駆動されているといってもいい。憎しみが形作る強固な意志によって。

作品名:書評集 作家名:Beamte