書評集
安部公房「R62号の発明」
この小説で、安部は人間性というものに対して非常に冷酷な態度を示している。主人公はリストラにあって自殺しようとしていたところを、人間をロボットにする機関に見つけられてロボットにされる。主人公は人間であったがゆえに自殺しようとした。それは、人間であったがゆえに人間であることを停止しようとする一種の逆説ではあるが、人間性というものは往々にしてこの逆説を導くのである。
ところが、主人公が改造されてR62号となって、人間性を失い、機械のように生きるようになって、最終的には自分をリストラした会社の社長を殺すことが可能になるのである。人間ではないものが、最高級の復讐という、人間としては最も欲望する行為を成し遂げてしまうのである。つまり、人間性は、人間の欲望を成就するのに邪魔だったわけである。人間の欲望を最大限に発揮するために、主人公は人間性を捨ててロボットにならなければならなかった。ここに、この小説の示している人間の二つ目の逆説が現れている。
ところで、安部の態度としては、主人公が人間であることをやめることによって逆に人間的な欲望を成就したことを人間性の復活とか人間性の完成としてはとらえていない。むしろ、人間が人間であることによって、逆に人間らしい欲望や勝利が妨げられていることを冷酷に描き出しているのである。人間が人間であることによって自殺するという矛盾、人間が機械になることで初めて人間的欲望を達成できるという矛盾、この人間性にまつわる矛盾を暴きだすことにより、安易なヒューマニズムに冷徹なメスを入れているのである。