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 そうやって、 朔(サク)が真冬に人間のガキを拾ってから、今年でもう二年になる。

「で?こいつが『月(ユエ)』か?噂の?」

 朔、と言うのは、吸血鬼の中では唯一の俺の友人で、芸術家をやっている。
 黒髪の、言葉遣いは乱暴だが物静かな男で、年は俺よりも百年ばかり上のはずだったが考え方がまったくスレておらず、同じ大陸出身だということもあって120年ぐらい前に知り合ってからというもの、割と仲良くしていた。
 お互い素性が素性なもので一つところに長く居られた試しがなく、しかも群れるのがキライなもんだから、緊急の連絡先だけ教え合ってあんまり連絡というものを取り合ったことがなかったんだが、その緊急連絡先に朔からの伝言が飛び込んだのが夕べ遅くのことだ。
 その伝言が「緊急に来て欲しい。ちょっと困ったことになった」と言う内容だったので、俺はとるものもとりあえず、伝言されていた住所へと夜も明けない時分に駆けつけた。
 場所は飛騨の山奥の小さな村だった。そして俺は、そこで初めてそのガキに会ったのだ。
 朔がそのガキを拾ったことと、その経緯については、噂などで話だけ知っていた。が、実際に逢うのは初めてで、その時俺の目に映ったガキ……月は、フローリングの硬い床の上にころんと丸くなり、仔犬が可愛くプリントされてる青い毛布を頭から被って、すやすや熟睡しているだけのただの6歳児だった。
 顔を見ようと思って近づくと、いくらも近づかないうちにぴくんと敏感に俺を察知して目を開いた。ぐんにゃりした、軟体動物じみた動きで体を起こす。
 そのくらいの年頃の子供が皆そうであるように、全体の雰囲気がなんだか湿っていて、生暖かい感じだった。寝起きだったからだろう。半分ぐらい見開いたような、どこか据わった目が俺を見る。
 なんだか険呑な目つきだった。いつかテレビの特集でやってた、子育て中のお母さんライオンがカメラに向けるあの目つきに、よく似ていたと思う。
「月、この人は大丈夫だ。俺の友達だよ。青木さんって言う」
 朔が、近づいてもっと顔をよく見ようとした俺を制して、月に向かってそう言った。
 月はやっぱり険呑な、だけどとろんとした、どこか湿った目で朔と俺とを見比べた。それから、また黙ってもぞもぞフローリングの上で丸くなって、毛布を被る。
「……愛想のねえガキだな、オイ」
「寝起きはいつも機嫌悪い。人見知りするタチでもあるから尚更だな。お前、顔怖いからよ」
「どうせ俺の顔は鬼瓦だよ……っていうか、緊急の要件ってなぁなんなんだ?このガキ絡みのことなのか?」
 朔の家……というよりも芸術家としての作業をする場所であるところのアトリエは特殊で、まず広いことは広いのだが、それは壁やドアと言った「部屋の区切り」と言うものを取っ払った末の広さだ。つまり、壁やドアと言ったものがないのである。
 なので自然とリビングもダイニングもキッチンも、一つの空間にごろんとある、と言った具合になってしまい、家具なんかもインテリアなんか関係なく、必要なものがただ置いてあるだけ、といった感じになっちまう。ベッドのとなりに何故かダイニングテーブルがあったり、ちゃぶ台の前にどでかいソファがデン、と置いてあったりと言うのは、だから朔の家ではままあることだ。朔は俺が知ってるだけで日本各地に十軒ほど同じようなしつらえのアトリエを持っているのだが、俺が訪ねたことがあるアトリエは皆似たような感じだったから、たぶん全部のアトリエがそうなんだろう。所詮芸術家の感性は凡人に計り知れるものではなく、そのセンスについて深く考えたらこっちの負け、ということになる。
「ああ、実は……」
 床で寝ている月の傍から離れ、例のごとくやたらでかい桐ダンスの隣に、さも当然のように置いてあるソファへと腰を下ろしながら俺が聞くと、朔はものすごく思いつめた表情で、暗い顔で、真剣に俺を見た。

「――……お前、小学校の入学手続きの仕方とか、知らないか」
「……殴り飛ばしてもいいか?」

 言われた言葉と同時に俺が聞き返して、朔の返事が返ってくる前に俺は目の前の朔の頭を引っ叩いた。
 もろに頭をぶん殴られた朔は、「ぎゃあ!?」と派手な悲鳴をあげて頭を抱える。
「お、お前ッ!イキナリ殴るのはいくらなんでも反則じゃないかッ!」
「うるせえ!!黙れこのトンチキが!俺はな、今朝まで北海道にいたんだぞ!?それをいきなり緊急の要件で、こんな飛騨の山奥くんだりまで呼びつけるなんてなぁ、尋常じゃねえことが起こったのかとか思うだろが!!それがなんだ、小学校!?そんなん自分で調べろッ!」
「調べてわからなかったから連絡したんじゃないか!!っていうか、これだって尋常じゃないことだぞ!?」
 俺が怒鳴ったらば、朔は負けじと言い返してきた。
 風の噂で、朔は拾ったガキにめろめろにされているとか聞いてはいたが、噂に違わぬバカ親っぷりだ。
 いろんな意味で頭を抱えた俺を尻目に、朔は相変わらずな真剣そのものの表情で、拳を握って力説した。
「月は来年七つになるんだ。七つって言ったら、日本の世間一般じゃあ小学校に上がる年だろ?今までそう言うのってあんまり真面目に考えたことなかったんだが、こないだふっとテレビのニュース見てたら、入学シーズンがどうたらとか特集やっててよ。それを見てたら、こう、むらむらっと不安が……」
 そこから延々一時間ほど、かなり真剣な口調で語る朔の言葉を要約すると、こういうことになる。
 月を拾ってから二年余り。日本中をぐるぐる巡る朔の旅に、月は黙ってついていった。歳を取らないバケモノだから同じ場所には長く住めないとか、うっかり存在を知られてどこぞの教会や組織から狩人を差し向けられたりすると困るとか、まぁ色々と理由はあるが、それ以上に朔は画家だ。絵を描くために常にロケーションの良い場所を彷徨わなければならず、土地と言う土地をしょっちゅう移動するのは仕方がないが、その間月がやってたことと言えば一人で絵本を読んだり、ぼーっと日向ぼっこをしたり、スケッチブックにいたずらがきをしたりと言う事だけ。
 公園デビューなどしたことがなく、同年代の子供と遊んだことなどなく、もちろん幼稚園などというものにも行かせたことはなく(そもそも朔は、ニュースを見るまで「幼稚園」というものの存在を知らなかったらしい)、それ以前に人間との交流が極端にない今の月の生活環境は、純粋培養というよりも特殊培養だ。簡単な読み書きなんかは知らない間にできるようになってはいたが、これはもしかしなくても、人間の育成過程としてはかなり失格と言う、恐ろしい状況なのではないか、と朔は気がついてしまったのだという。
「こいつが大きくなってよ。世間に出る歳になっても、もしかしたら常識とか、そー言うのをまったく知らない人間になるんじゃないかと……いや、それだけですむならまだ良いが、常識知らずが極まっちゃって悪い男とかヤクザとかに簡単に騙されて、薬漬けになったり水商売に売り飛ばされたり、とにかくなんだか悲惨な人生送っちゃったりとか、そんなんなったら俺は、俺は……ッ!!」
作品名: 作家名:ミカナギ