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だうん そのに

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 なぜ、病人相手に理性の限界の修行をしなければならないのか、それが、かなり厳しいのが、俺には不可思議だ。当人は無意識に、俺に擦り寄ってくる。普通に密着するぐらいなら、俺だって我慢できる。だが、無意識の俺の嫁は、いきなり、パジャマのボタンを外してみたり、触らんでええとこを、ちょこちょこと触ってくる。
・・・・頼むわ、ほんま、そんな積極的なんは、元気な時にしてくれや・・・・
 動きを封じるために、ぎゅっと抱き締めて、トントンと背中を叩いた。クスリは効いてくるから、しばらく押さえ込んでいたら、俺の嫁の身体は、くたりと力が抜けた。
・・・危なかったわ・・・・
 やれやれと、俺は、ボタンを嵌めなおし、もう一度、抱き締めるようにして目を閉じた。




うちの会社は、本部が中部地方にあるが、一応、近畿エリアを統括するのに、支店がふたつある。その下に、営業所というか遊技場と言うか、そういうものが、存在する仕組みだ。
「助かりました。おおきに。」
 統括している支店の面倒を手助けしてもらった俺は、所属していないほうの支店長にフォローの礼は入れた。インフルエンザだと自覚した瞬間に、メールでヘルプの依頼を送っていた。日々の売り上げの日計や報告は、後からでも、どうにでもなるが、資金繰りは、そうはいかない。高額の金銭が出入りするので、金が尽きる事態は問題だからだ。何かで数日出てこられないという事態の時は、とりあえず、俺の担当エリアからの資金繰りの依頼を、もう一方の支店のほうで、処理してもらうことにしている、逆もまた然りで、俺が立替で資金を送り込むこともある。数日なら立替で、どうにかなる。それらの清算をして、それから、資金の循環をチェックする。チェーン店がたくさんあるので、統括地域内で、資金が流れていれば問題はない。どっかが赤字で現金持ち出しでも、どっかで、その分、黒字であれば問題にはならない。それが、チェーン店の強みでもある。
「いやいや、うちのほうも倒れたら頼むわ。」
 向こうの支店長は、以前、こちらにいた人なので、割と気安く頼める。向こうも堀内のおっさんの部下だったからだ。




 連絡を終えて、そろそろ本日業務に入ろうかと思ったら、うちの支店長が呼んでいると、部下その一が呼びに来た。うちの支店長は、俺より、かなり年上だが、俺よりは後で入社したおっさんだ。仕事の区分としては、お互いに接点はないので、呼ばれることなど稀な相手だ。




「きみの勤務態度は目に余る。」
「はあ? 」
 支店長室に入って開口一番が、これだ。俺の背後には、俺の部下達が立っていて、クスクスと笑っている。部下に八つ当たりで怒鳴り散らしているだの、無断欠勤しただの、言いがかりとしか思えないことで、くどくどと小言を言われるに当たって、どうも、支店長と俺の部下が共同戦線で俺を排除したいと画策しているらしいと気づいた。
「それで、訓戒は終わりですか? 」 と、小言が切れたところで、尋ねたら支店長が激昂して、「おまえなんかクビだっっ、クビっっ。」 と、言い放った。

・・・・いや、俺、あんたの部下やないし・・・・・

 内心で、そう思ったが、支店長の続く言葉にカチンときた。
「この不況の世の中で、おまえみたいなぼんくらは再就職もままならんだろう? クビになりたくなければ、今後は大人しく働くことだ。」
 いや、ボンクラはいいのだ。実際、そうだから。ふと、俺は、これまでの人生で生活の為に働いている自分の履歴を思い浮かべた。学費と生活費を稼ぐのに、仕事をしていなかった時期は、高校時代からない。自分で自分の生活を支えていなければならなかったからだ。大学は、親からの要請で入ったので、入学金とかの最初の分は支払ってくれたが、そこからは断った。あまりにも自分と親の関係が普通ではないことには、当の昔に気付いていたので、大学へ入ることを期にして、縁を切ることに自分で決めたからだ。だから、毎日、大学とバイトで精一杯の状態で、四年間を暮らして、そのまんま、そのバイト先へ就職した。正直、辛いこともあったし、もうちょっと楽な仕事はないかと考えたこともあったが、日銭が切れると、途端に生活できないという状況では、おいそれとバイトは切れなかった。
 ただ、大学生活後半に花月と知り合ってから、少し、その生活は変わった。それまでの生活に、花月が、いろんなものを運んでくれたからだ。

・・・・ははは、俺、ひとりやないねんなー・・・・・・

 そう思ったら、肩の荷がなくなった気がした。かなり理不尽な目に遭っても、仕事をやめられなかったのに、今は、簡単にやめられるのが、嬉しいと思う。
「じゃあ、やめます。・・・・引継ぎは、どないしますか? 支店長。」
「なにぃ? 」
「いや、俺の仕事の引継ぎせんとあかんでしょ? 」
「そんなもん、女の子らがおるからいらん。」
 こいつらがやっていたのは、一番簡単な仕事だけなのだが、と、反論するのも面倒で、「では、机の整理して帰ります。」 と、頭を下げて、支店長室を出た。



 携帯で、堀内のおっさんに、「クビになったから。引継ぎも拒否られたんで、後はよろしく。」 と、連絡したら、えらい剣幕で叱られた。
「おっおまえ、近畿圏を混乱の渦にするつもりか? おまえの人事権は、わしが持ってるやんけっっ。誰が、みっちゃんをクビにしたっっ。」
「支店長。・・・でもな、おっさん、俺、ちょっとゆっくりしたいと思うねん。花月が前から、そう言うてたし・・・・俺、あいつの嫁やから、嫁らしいこともしたいしな。」
 この前の風邪の時に、つくづくと自分の忙しさには嫌気がさした。あんな時くらい、もっと、旦那の世話ができる状態でありたいと思ったのだ。さすがに専業主夫というわけにはいかないだろうが、今よりは時間を作れるだろう。しばらく、堀内のおっさんは沈黙したが、なんだか笑っているような声になって口を開いた。
「・・・・まあ、ええわ。ほんだら、しばらくは遊んどけ。・・・・みっちゃんが、そんなことを言うようになるやなんてなあー、わしも年とったわ。」
「おい? 」
「まあ、よろし。また連絡するから、それまで、新婚ごっこでもしとけ。あのあほとな。」
「いや、おっさん? 」
 退職の挨拶をするつもりだったのに、堀内のおっさんは、勝手に電話を切ってしまった。確かに、俺の人事権は直属の上司である堀内が握っている。この支店に席はあるが、所属はしていないのだ。だから、堀内のおっさんが、「うん」 と、言わなければ、俺は解雇ということにはならない。だが、支店長が、どういう方法を考えるか、わからないが、何がしかの罪状でもつけて上に報告すれば、いくら、堀内でも頷くだろうと、俺は甘いことを考えていた。


 机の整理をして、自分が使っていたパソコンのデータを、綺麗さっぱり消去した。必要なデータは、一応は残してあるが、それは、パスワードが入用なものばかりだ。パスワード設定をしたのは、堀内のおっさんなので、解除コードは、関係者なら誰でも知っているものだ。
作品名:だうん そのに 作家名:篠義