政治・社会 憂さ ばなし 短編集
列島分断
日本海を、日本に向かって進む潜水艦があった。
ちょうどその時期、韓国ではアメリカ合衆国との合同・海上射撃訓練が実施されており、日本の海上保安庁は、その艦影を米国の艦艇と認識していた。
一方、在日米軍・在韓米軍は、一触即発状態の北朝鮮の動向に注視していたが、黄海上における、砲撃を受けた大延坪島(テヨンピョンド)周辺や大青島(テチョンド)周辺に向けられていた。
また、日米双方の情報管理能力にも疑心暗鬼であったため、お互いの情報伝達に齟齬をきたしていたのである。
ドカーン、と大音響が轟いたのは、クリスマスイブの薄明の頃である。新潟県の沖合に一発の砲弾が撃ち込まれたのと同時に、海岸には武装した無数の人影がうごめき、航空自衛隊基地並びに海上自衛隊基地がたちまち占拠された。
朝早くから仕事に精を出していた人々やウォーキングに励んでいた人たちは、呆然としてその光景を見つめるばかりだった。県庁・市役所、新潟港・新潟空港、放送局なども占拠され、県道や国道、各駅などは封鎖された。
北朝鮮軍は無血で、いともたやすく新潟県を押さえてしまったのである。
直ちに官邸に閣僚が集まり、動揺した首相は各地の自衛隊に、東京への召集をかけてしまった。
『我々日本国は北朝鮮の行いに厳重に抗議し、断固として非難する』
と首相は声明を発表した。
北朝鮮は、
「抵抗すればアメリカに向けて核弾頭テポドンを発射する。直ちに本国へ戻れ」
と放送を流した。
在日米軍は次々と日本から撤退を始めた。
米国は、内政・財政・海外派兵などで疲弊しており、情報管理も危機状態であったため、もはや何のメリットもない日本のために犠牲を出したくなかったのである。
同じ頃、ロシアが北海道から東北地方へ侵入し、台湾はあっさりと沖縄諸島を手に入れ、琉球諸島とした。九州・四国・中国・近畿は中国が抑え、韓国は北陸・中部と関東の一部に進出した。
東京・埼玉・神奈川・千葉が唯一残った日本国である。あるいは、アメリカ合衆国51番目の州がその4県に集約されたともいえるか。
日本列島は6カ国に分断されてしまった。
しかし、それぞれの侵略された地域は今までどおりの自治を任され、言語・文化も尊重された。日本の技術開発力やサービスマナーが求められたのである。
新潟を除いては強気のリーダーの下、経済は発展向上し、沖縄からは基地がなくなった。
北朝鮮は、新潟のコメなどの農作物や海底油田を欲していたため、本国とは異なり、新潟県民を丁重に扱った。
そして、分断された各国は従来通りの交流も認められた。日本と北朝鮮を除いて。
日本国政府はそれらを認めることはできない。返還を求め続けたのである。
『我々は厳重に抗議し、断固として非難する』
アメリカの教書には、こう記された。
It is the maximum unnatural phenomenon in the 21st century.
2010.12.08
作品名:政治・社会 憂さ ばなし 短編集 作家名:健忘真実