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貴方が望むなら[前編]

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メリルカルシェ青年の頭の中で「姉さんこの人が将来を誓い合った云々かんぬん」という流れが汲まれているとは知らない件の先生、苦難の先生、ヤワは、当初の予定を大幅に変更することなく、無事に夕食の席に着いていた。
「いらっしゃいませっ」
「お邪魔する」
「今日はヤワさんがくるって伝えておいたから、父さん凄く張り切ってるんですよっ」
「ほう、それは楽しみだ」
「はい!」
すっごく楽しみにしてください。生き生きとした顔で笑う看板娘に、男は浅く頷いた。
「よ、ヤワ」
「相変わらず飲んだくれてるようだな」
「硬いこというなって、こちらとら、お前とは違って肉体労働だ。頭でしか消費がねーのとは違うのよ」
「私がいつ頭脳労働派だと?」
「右からみてもひっだりから見ても肉体労働派にゃみえないっつーの」
「そうか」
「ストップ、そのくせ腕っ節が強いのは知ってる。拳は仕舞え、頼む。悪かった」
「よし」
グラスを手に絡んできた男は承諾なく同じテーブルにつく。そして上から下まで相手を眺めて首を傾げた。いやうん、絶対にこの相手は頭脳労働派だと確信してしまっているわけだが、見れば見るほどいい体をしている。浅く日に焼けた肌は張り詰めて、なめした革のような光沢だ。その辺をふらふら歩いている兄ちゃんたちじゃ間違いなく歯が立たない。背丈も十分にあることだし。
「……なんでてめぇはよぅ」
「食事がまずくなりそうな暴言は止めてくれるだろうな」
「うぇ…へぇへぇ。口汚いおっさんは黙りますよぅ」
「……嬢、何杯目だ?」
「ノウェさんですか?」
ととっと注文をとりに動いていたツェツェを呼び止めて問えば、少し考えて回答を一つ。
「今のでちょうど10杯目です」
「飲みすぎた」
「はい、これで最後って言ってますよ!」
だから、あはと注文されても水しか出しませんからっ。
笑顔でにっこりダメだししてまた仕事に戻っていく看板娘だった。そしてくるりと振り返り、新しく入ってきたお客さんに愛想よく「いらっしゃいまらせー」と言って絶叫した。客全員がナニゴトかと振り返る。
「嬢?」
「どうした嬢ちゃんっ」
酔っ払っていたはずのノウェまで比較的俊敏な反応だ。
「な、な……なんでっ、ええええええっ」
「……え、一見さんお断り、ですか」
「いえっそうじゃなくって」
顔を真っ赤にしてぱくぱくしているツェツェを見かねた、客の一人が「まぁ、お嬢、ひとまず厨房で水とっておいで、ほらほら。席はあっちでいいんだろ」と代理を買って出た。お年頃の女の子+なんかキラキラしてて有名なメリルカルシェ下士官の組み合わせは、誰が何を問わずとも、あっさりと解答を導き出していた。まぁ、この店の常連の九割は男なせいで、同情票は看板娘に叩き込まれていく。
「よ、いらっしゃい。どんな気まぐれか知りませんがここは旦那のようなエライ人がくるような場所じゃありませんぜ」
「旦那?」
「メリルカルシェ下士官、お名前は常々。お嬢が絶叫する程度には人気があり遊ばせで」
「ああ……俺はここのご飯が美味しいと伺っただけで、お嬢さんを驚かせるつもりはありませんでしたよ」
第一。
「面のせいでろくに食べ歩きもできないって損だと思いません?」
喧嘩腰の相手に、心のそこから困ったような笑みを浮かべてみせた。それで毒気が一気に抜けてしまった。
「まぁ、その面ぶらさげてりゃ……落ち着いて飯が食えるのは自宅くらいかぁ」
「まぁ、兵舎なんですけどね。まずいとはいいませんが」
気分転換にお外で食事だってしたいじゃないですか。
どこか縋るような口調で訥々と窮状を零すメリルカルシェに、客の半分が険を和らげた。まぁ確かに顔はいいが、この男も大変らしい。何よりお嬢には俺らがついている顔だけ男にもっていかせるかばーろっ。という空気だ。
なんとか受け入れてもらえそうな雰囲気になったと微笑んだ青年は、自然と吸い寄せられるように一点に目を移した。この、目を引く容貌のせいか、生来の華か、彼の視線に大半がつられて、同じように一点を。そして、ある意味名物でもある男にたどり着いて首をかしげた。接点が見えない、と。
その男は、ずいぶんと前からこの店に顔を出していてなじんでいるが、身なりの階級的にこういう店に来るようには見えなくて。でも、どうしてだが、なじんでいる。いつも無表情で淡々と、時にお嬢に柔らかな顔で話かけ、店の主人と小難しい話をしている。一種の先生様だとみなされていた。気軽に話しかけるのは差し向かいでくだを巻いているノウェぐらいしかいない。周囲が、自然と息をつめる中、青年は実に、楽しそうに、うれしそうに、幸せそうですらある、喜色の浮いた顔を見せた。足取りは軽い。あいている席に先導しようとした客の一人は、目を丸くして後姿を凝視だ。うっかりと笑顔に見とれたとかは、なしの方向で。
「プロフェ」
「………」
「こんばんは、こちらにいって伺っていた通りでよかったです」
「………」
「同席しても?」
「………」
「…おーい、ヤワ」
黙っている男に青年はさっぱり怯まず、了承がでるまで粘る気だ。むしろノウェの方がびくびくした顔で二人を伺って。恐る恐る覗き込んで、別の意味で絶句した。
「んなに、このにぃちゃんが来て衝撃だったんかい」
首をかしげる青年に、ちょいと待ってろと手を振るとノウェはヤワの肩をつかんで揺さぶった。
「見かけインテリ中身凶暴見掛け倒しの真反対野郎しっかりしやがれ」
「いい表現ですねぇ」
しみじみとした青年とは裏腹に、硬直していたらしい男が顔をあげた。とりあえず、自分の肩をつかんでいたおっさんの顔をつかんで引っぺがし、机に叩き込む。そういう一面を知らなかった客が「うっわっ」と引いて、知っていた者たちがなんとなく拍手。そして本番。きらきらしている青年との対峙に固唾をのむ。
「君にこの店の場所を教えた記憶はないが」
「それはまぁ、俺の手腕ということで」
「何のようだ」
「貴方の顔が見たくて」
「生憎だが私は見たいと思わないな、食事がまずくなる」
「美味しくなるよう努力しますから、まずは試してみましょう」
「断る」
「でもプロフェ」
厨房で自分に水を持っていくとあわあわして、それでも嬉しそうなツェツェを視線一つで示して、青年はにっこりと微笑んだ。
「自惚れではありませんが」
俺がいたらあのお嬢さんはきっと喜びますよ?
押しの一手をもってきた青年に、男は歯を食いしばってぐるぐる唸る。どうすんだとノウェが言うよりも早く、ちらりとツェツェを見やって渋い声で。
「その呼び方はやめろ」
「…呼んでもいいんですか?」
むしろ、そっちが嫌がられると思ったのに。
予想外だと驚いている青年に、指でそこに座れと命じたヤワは、あわあわ水を持ってきたツェツェに二人分の食事を頼むと。嫌そうに言い切った。
「どちらかしかないなら、そっちのがマシなだけだ」
「了解しました、先生」
砂糖菓子の甘さを思わせる顔で、笑う青年に、客はどよめき、看板娘は腰を抜かしかける。そして、それを真正面が突きつけられたとうの先生は、渋い顔でグラスの水を飲み干した。
作品名:貴方が望むなら[前編] 作家名:有秋