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貴方が望むなら[前編]

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どことも知れない空間で一人呟く〈観測者〉とは裏腹に、メリルカルシェはそつのない所作で廊下を移動していく。街中でも詰め所でも彼は帯剣していることを臭わせる素振りなく過ごしていたが。それでも武器は所有しており、部屋に通される前にとがめられた。
彼から剣を外せるのは公的に一人、私的に三人ほどしかいない。自称一般兵とはほど遠い扱いなわけだが、気にした素振りもなく正々堂々と一般的を標榜する青年だった。外していることが多い事実はあえて言うまい。
「お召しということでしたが」
「遅い」
「失礼しました。ご不興ということで退室いたします」
「……可愛くない」
「可愛さはプロフェに求めてください」
「アレはあのままで可愛いじゃないか!」
「そうですね」
「あの鈍感さっ、あの迂闊さっ、あのずぼらさっ、あの偏屈さ加減は秀逸!」
「そうですね」
「いいかっ、アレの可愛さは今目の前にいる若いのなんか目じゃないんだ」
「そうですね」
「で、どうだった。アレは元気だった?」
「大変お元気でしたよ。また危うく殴り倒されそうでした」
ひたすら肯定していたメリルカルシェは、目の前の少女に笑いかける。その返答に少女はにっこりと頷いた。
「うん、ならいい。若いのの目は確かだからね」
「そこまで信用していただけるとは、光栄です」
「失礼だな、若いの。信用しているのは若いのじゃないよ、アレの教育だ」
「そこまで否定されるのもまた、光栄です」
「いい躾けされたね」
お前の先生を褒められて嬉しいんだろう。お前自身が落とされるのなんかどうでもいいくらい。
そう揶揄する口調で笑う少女に、青年は全く動じず、当たり前だと首肯する。
「そう仕向けたのは陛下でしょう」
「若いのには、それが必要だと思ったのさ」
口調が少し低まる。目が細く笑みを含んで華奢に体躯に似合わない尊大さで豪奢な椅子にふんぞり返って、見下す体勢は陛下と呼ばれるに相応しい威容だった。
メリルカルシェも、恭しく一礼して。
「我が友は、何をいっていた?」
「カプリ・シェの恋人と、ヒューマの洗い出しをされるようです」
「ふん……〈星〉も〈観測者〉も勝手なことだ」
さしたる感慨もない風情で言い切った少女に、青年は何も言わない。この場において、彼女こそが絶対者だった。見かけが年の足りない子供だからといって侮る理由になぞならない。彼女こそが〈導師〉カイであり、彼女こそがこの国であり、彼女がいるからこそ、この国は成立する。
このユーグリットという大陸の中央で、栄え続ける所以。
開国から延々と帝座につく存在。隠された皇帝。
アサナ・カララは幼い容貌にのせるには毒な、妖艶な微笑を口元に刷く。
「アレに、伝えろ」
「仰せのままに」
「お前のすることは無為であり無駄であり無情というんだ。いいから放っておけ」
〈星〉は、それを望まない。それはお前の感傷だ、お前は気づかないだろうから、我が断言しよう。
「第一、プロフェにヒューマは見つからない」
絶対的に、それはない。ありえない。
自信を持って断言する皇帝陛下に青年は何も言わず、頭を垂れたまま頷く。従順に見えないこともないその様子に、少女は僅かに目元をほころばせて付け加える。
「お前が、アレを助けるというなら、まだマシだろうさ」
「陛下?」
「メリルカルシェ・ルルラ・イーツ、用は済んだ出て行け」
次に来るときは、アレをつれておいで。私の大切な輩(ともがら)を。
言葉にたたき出された青年は、廊下で控えている兵に微笑みかける。二人のうち一人は反射で返してはっと顔を引き締め。今一人は苦々しいという表情を隠しもない。
御前に出るのに、剣も外さず、中継ぎも必要としない青年という存在が疎ましいのだろう。理解できないではない感情ではないけれど。不可抗力という事実を知ってほしいものだった。
「メリル」
機嫌の知れない、常と変わらない足取りで廊下を移動していた青年は落ち着いた声を呼び止められて、わずかに緊張した。
「これは…ラティ皇女」
「……まだ、そう呼ばれるの。メリル」
「私はただの一般兵ですから」
「貴方がそう自称しても、貴方が私の弟という事実はなくなりませんよ」
「……皇女、供の者はどうしました?」
困ったように笑う青年に、相手は良く似た微笑で。小首を傾げる。
「あら、肩書きだけの皇族に供は必要でして?」
「それはトップシークレットですよ」
「そうね…でも事実です」
二人は顔を見合わせくすくすと笑う。皇族は確かに存在して、血脈を保っているが。名乗れる位のトップはどの道、あの少女なのだ。あの少女を輩出した血筋ということだけで、この場にいることを許され、また比較的外交に強い人材が生まれるということで保持している地位。
皇族なぞ、ただの建前だ。彼らはかの少女の剣であり盾。道具に過ぎないと自己を貶める。それでも、それを良しとしているのは、皇帝陛下に大なり小なり、心酔してしまうからだろう。
メリルカルシェを得体の知れない者に預けることを良しとした程度には、ルルラは血統的に皇帝の威容に支配されていた。それを苦とは思えど、否とは言えない。
「どうしました、ここまで足を運ばれるのは珍しい」
「貴方が、いると聞いて」
「…何かありましたか?」
「たまには顔がみたいと思っただけよ、月に一度でいいわ」
妥協して、会いにいらっしゃい。
そうやわやわと笑む皇女に、青年は曖昧に笑んだ。大切な先生に向ける顔とはまた違う。どうしようもない絆を自覚してるからこその肯定の笑みだ。好悪に関係なく、相手を認めてしまうのはやはり血のつながりがあるからだろう。
それを意識してしまって、笑うしかない、そんな顔。
相手も似たような顔で青年を見つめる。
「貴方の大好きな先生も一緒でいいの、会いにきてちょうだい」
「……先生は嫌がるでしょうね」
「それでも貴方にねだられたらいらっしゃるでしょう?」
「いえ、それはそんなことはないといいますか」
「貴方にねだられて断れる人なら、ますます会ってみたいわ」
女の私ですら見劣りしそうだと思ってしまうほど、綺麗な弟。華やぐ光のような。髪と瞳の人。彼の言うことに抗えるなんて、相当な気骨の持ち主。そう笑う皇女に、青年はあまり見せない、そう件の先生を前にしてしか発揮されることのない。無邪気な顔を浮かべた。
「俺の先生は、凄い人ですよ」
まるで恋人の惚気のように甘い口調だと、内心で呟いた皇女は、気づかれない程度に目を見開いて。すぐにおっとりと微笑んだ。
「やっぱり、お会いしたいわ…今度でいいの。会いにきて」
「承りましょう」
貴方の願いですから、渋りしぶりしぶるだろう先生をがんばって説き伏せて、紹介しましょう。



作品名:貴方が望むなら[前編] 作家名:有秋