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貴方が望むなら[前編]

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かつていたいけだった少年は、現在、立派にふてぶてしく成長していた。振り返ることなど一切せず、すたすた出て行った昔の先生を見送って、一頻りなんかこう、心の中でぶちまけたあとは行動が早い。
慎重に、寝ている女性の近辺に目を走らせ、ヤワが乱したと思しき箇所を直していく。丁寧に痕跡を消した後に自分も辞去すると、表通りにでてそ知らぬ顔で元の用事、つまりは買物に。店先で話しながら、ヤワと話していた女の子の店を上手く聞き出して、詰め所に戻った。
「よっ、メリル。随分ゆっくりだったなこの野郎」
「出先で可愛い子達に遭遇しまして」
「いつものことじゃねーか」
「そのとおりです」
「だからな、お前のその面をちっとぐらい俺に分けてくれてもばちは当たらんと常々」
「分けて君の株が上がるならそれもいいんですが、無理でしょう」
ロゥル、君が目の仇にされているのは顔というより行動が原因。早くそれを理解した方が身のためだ。
そう笑って荷物を置いたメリルカルシェに、ロゥルはため息をついた。兵士らしいがっちりとした体格で、窮屈そうに椅子に座っている。
「いや冗談だからまともに返すな」
「知ってます」
「……何も買出しとかお前がいくこたぁないだろっ。下に言えっ、お前がいないって俺がどんだけっ」
下士官が買出しに行くなっ、そういう嫌味のつもりだったのになんでお前はそうっ。
言葉に詰まってわなわなしている男をメリルカルシェはさらっと流してしまう。紙袋から細々とした嗜好品。茶葉だったり、ちょっとした茶菓子だったり、飴だったりを取り出して、規程の場所に収めて。必要以外買っていないことを証明する紙を専用の板に止める。
「別に急ぐ用でもいなでしょう」
「急ぐから嫌味言われたんだよっ」
「…おや」
「陛下がお召しだ」
「なんだ」
「なんだとはなんだあぁぁぁぁぁっ」
「ですからロゥル、俺が陛下に呼ばれることは急ぎじゃないんですよ。どうせあの人は」
先生のことを聞きたいだけなんですから。
後半の言葉は、口の中で溶けて消えた。がーがー怒鳴る同僚を軽くいなして、緩めていた襟首をまた詰めなおす。武器は腰に、そして身だしなみを確認した後に、担当一覧を一瞥した。
「あと数時間で俺の勤務は終わるわけですが」
「うるせぇここまでサボってて何が勤務だとっとと行け」
「ご好意に甘えます」
「けっ」
物凄く拗ねた口調でそっぽを向いた同僚に、メリルカルシェはたらすような笑みを浮かべた。
「ロゥル」
「あん?」
「今度とっておきを差し上げます」
「……随分意味深だなおい」
「君は気に入ると思いますよ」
それが飯なのか酒なのか、予想外で女なのかという話はしない。けれどロゥルローは肩を竦めてとっとと行けと促した。この見てくれは随一の青年がこんな顔をするときは決まって何か企んでいる。そしてロゥルにはそれに加担させられるつもりが全くなかった。








鳴動する世界の端で、青年はゆるりと息をつく。双眸は暗く沈み、何か悼む眼差しで。
「この世界は模造品だ…それでも、その欠落を悼むこの心は模造ではない」
硬い指先で書物をめくり、白紙に言葉を綴っていく。囁きは字となり〈星〉の堕ちる様を描く。
「〈星〉よ……〈教授〉はお前を悼む、〈導師〉もお前を悼む」
堕ちてしまった〈星〉よ!
もう〈星〉という人格はないのだ。そのベースはあるとしても。その根本はいまだ存在するとしても。新たな〈星〉が生まれるはずもなく、ただただ、〈星〉がいた、という記録だけが残る。
この〈観測者〉が残す。
「私は…〈観測者〉として、君を悼まず、君を送り出そう」
この綴る言葉は餞(はなむけ)でなく、言祝ぎだ。君は自ら選択した、君は自らを掴み取った。縛られないということを。君が求めるものを求めてもいいという自由を。
「世界は模造で、神もまた模造。それを観測する私ですら模造だというのに…」
どうして、感情だけは、誰かの模造にならないのだろう。
模造であるならば、少しは楽だったろうに。カプリ。
くすんだ髪は紙に触れ、揺れる眼差しは少しばかり潤んでいた。言祝ぐといいながらも青年が見知っていた存在の欠落を哀しんでいる証左。
白紙に綴られる言葉もどこか勢いがなく、沈む様子は拭えない。
鈍い曇った黴色の目は常の力強さを失って、悲哀に沈むのを堪えているようでもあった。
「君は……カプリ。君を止められなかった私を責めはしないだろう?」
それは確定事項。彼女の選択は彼女のものなのだと、胸をはって言うだろう。カプリ・シェはそんな女だった。だからヒューマは彼女が好きだったし。叶うなら、本当に、できることなら、自分が、彼女の恋人でありたかった。
彼女が〈星〉でさえなければ、それを口にすることもできたのに。〈星〉でなければ〈観測者〉である彼と出会うことはなかったろう。なんてジレンマだろう。
「君がいない今、〈観測者〉になんの意味があるだろう」
〈観測者〉は、ヒューマは。〈星〉を見つめるために存在する、一連だ。この片輪が堕ちたのなら彼も堕ちていくしかない。
「………友、よ」
名前を呼べない。我が友よ。
この模造の世界を模造と知りつつも愛している、哀れな慈悲深き、友よ。
君は、私までも堕ちることを予見しているのだろうか。
脳裏に浮かぶのは、〈教授〉とその教え子。柱の一角と、ただの人間。未だ、ただの人間である存在だ。彼らが自分を見つけるのが早いのか、それとも、自分が堕ちるのが早いのか、それはもう時間との勝負のような按配で。
気持ちが砕けていく。たった一人の好いた女が消えただけで。その存在が消えただけで。堅固だった感情はこうも簡単に失われるものなのか。
「自覚していなかったな……自分が〈観測者〉であるということがこうも」
根幹に根ざしていたとは。
〈星〉の消える兆候を見ても何も思わなかったのに、いざ消えてしまえば心はこんなにも簡単に崩れそうになっていく。自分の中の好意をしかと自覚できないのは間違いなく〈教授〉の影響だろう。
〈星〉は特定の誰かを愛せない。
〈教授〉は人間を細かく分けられない。翻って自己の感情に鈍感で。
〈導師〉は友愛を結べど常に孤独を抱え。
〈観測者〉は、その存在を曖昧にしてしまう。曖昧であるということは影響を受けるという意味だ。
「………誰だったか、な」
こみ上げる、感情というものを押し殺して、ヒューマは慎重に言葉を作る。彼の言葉は全て綴られる。ゆえに彼は話すこと自体に慎重さを求められる。
「ああ、そうだ。メリルカルシェ・ルルラ……壱。君がキーパーソンだ。君がしくじれば」
私は自らを堕とし、〈教授〉を憎んで消えるだろう。憎んで、きっと〈教授〉を崩していく。


憎む理由?


何、簡単な話だ。


〈星〉は〈教授〉を愛してしまった故に、堕ちたのだから。




作品名:貴方が望むなら[前編] 作家名:有秋