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貴方が望むなら[前編]

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「我の齢を聞くのは野暮っていわないか」
「誰がお前の齢聞いた。メルのだ」
「それは本人に聞くことだろう」
そんな返答に大丈夫なのかという不安を滲ませたのは一瞬、すぐに少年は自分の手をしかと握って離さない子どもに同じ質問を投げかけた。
「6さい、です」
「………お前六歳でその語彙と発音はヤばいだろ」
「だからお前を呼んだんじゃないか」
姿かたちで齢を図れるほど子どもに接していない少年は、耳にして実感したちまころの年齢にどんびきする。そして、陛下と呼ばれる友人が自分を引っ張り出していた理由も理解した。まぁ確かに、皇族のガキを前に発育不良とか言い切ってしばきたおすのは、この国で自分しかいないだろう、と。
お試し期間だという前提を抜きにして、少年の頭中で目まぐるしく、この語彙の危ない子どもに対する接し方マニュアルが何処からともなく引き出され、現状に沿った形で構築されていくのは極々同然のことだった。

少年はその時に気づくべきだった。
いつもであれば
そんなこと気にも留めずに子どもが育つがままに放置しても心を痛めないだろう性格なのに、この子どもに関してだけ、自分の感情が動きやすいという事実を。
リアルタイム現在、青年にまで成長した元ちまころを前にして、その滔々と零れてくる過去の脚色とセピアに着色された思い出に、鳥肌を立ているヤワは、過去に自分に「どうしてその時点で気づかなかったんだ」と盛大に、ぼやいていた。
初対面の感想は、なにもない。幾つか言葉を交わしてようやく「ちいさい」「ころころ」「よく動く生物」その程度の認識。承諾を得てつれて返って、ともに過ごすためのルールを引いて。
それから、必要な知識を引き出して反芻して実戦していく日々は多少時間の使い方が変わった程度で、彼にとってもなんでもないことだった。
物心ついた頃から住居は廃墟のような、山間の家屋で。一日係りで帝都にたどり着くという距離感。日常品は近くの村から購入し、日々の糧は適当に。山に行って植物を採取することもあれば、動物をしとめることもある。それすら億劫なときはトリゴエからせしめている通貨で購入する。
淡々と、生きていた。
書物を読む趣味はなく、それに反して部屋の一室が全て書籍に埋まっている部屋があることに非合理を感じながらも不便ではないと許容して。
朝は太陽の光で目を覚まし、日が暮れればランプを灯して手遊びを。詰まらないじゃないかと憤慨してくれるような存在は帝宮の奥にしかいない。彼がいつからそこにいた彼自身ですら定かではないが。
彼は、それに対して何かしらの欲求を持てるほど、不満を抱けなかった。
だから、その小さな生物、メリルカルシェがやってきて、数日たって、彼を見上げて。
「せんせぃ、さびしいですか」
そう尋ねたときに、目を見開いた。
「寂しい?」
「はい。ぼくはせんせぃが居てくれます」
でもせんせいは、ぼくがくる前は一人でした。それは、寂しいということなんじゃなかろうか。
そう子どもながら感じたらしい。現状でなく、現状を踏まえた上での過去への想起そして何らかの推察をし、仮定するというのは中々に高度な思考だ。つくづく、この発声発音が惜しいと思える。学問を教える教えないは別として、この言葉だけは治るといいとなんとなく思っていた少年は、一生懸命自分を見ているちまころに首をかしげてみせた。
「いや、そうだな……」
どうなんだろう。
むしろそんな考えを持ったことがなかった。自分が、何を思っているのかを、感じることが難しい。
それでも会話することがこの相手の言語発達になると分かっているヤワは、思考をめぐらせる。解答を引き出そうと思えばきっと出来るのだろう。けれどこれは解答が必要なのではなくて、彼が、どう感じているかを彼が気づきなくてはならない難問だ。慎重に自分の心を分析して、できるだけ、などと言う注意をしなくても十分に客観的に答えを導き出していく。
「メル、お前は帝宮で寂しかったか?」
「ぼくですか」
「ああ」
「ちょっとだけ…さびしかったです。姉上も父上も母上も、たまにしか会えなかったので」
たまにしか、頭を撫でてくれたり、抱き上げてくれない。触れ合いがない。自分の頭を一度撫でての言葉に、少年は肩を竦めた。そのまま子どもの頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜて、抱き上げはしないが抱え込む。後ろからその頭に顎を乗せる体勢でその場に腰を下ろした。自分にもたれさせて、微かに体を揺らしながら。
「俺はお前よりチビの頃からここで一人だった」
「ぼくより」
「お前がお前の周りに寂しいって思うより、たぶん前だ」
「……今は、さびしい、ですか?」
ヤワの言葉が、昔はそんなことを感じる下地がないという意味だと、なんとなくだけれど間違えずに受け取って。子どもは質問を取り替える。その賢しさは美徳ではあるが、一歩間違えれば厄介ごとの種だ。育てるなら慎重に芽を伸ばしていく必要がある。思考の隅でそんなことを考えながら、少年は喉を振わせた。空気の振動。声にもならない笑いの気配。悪いものではない。どこか擽ったそうな柔らかさ。
「お前が居るのにか?」
「あ…はぃ!」
一人が二人に増えて、寂しいと感じるのは違うだろう。そんな意味合い程度の言葉だ。人的要因として、それは孤独が埋まる計算で。



それでも本当は、何も感じていなかったなんて。言う必要のないことだけれど。言わなくても、大きくなったちまころ、メリルカルシェはもう悟ってしまっているだろう。
可哀想なほど賢しい子どもだった。
哀れで滑稽なほど目端が利いて、気配りのできる、子どもだった。

成れの果てでも、それは根幹に残っている要素。

今だから、それが分かる。



物思いにふけっていたというか、回想に捕らわれていたヤワは自分に集まっている視線に気づいて目を上げた。
「ヨガタリ」
笑う少女の声。
「お前は、本当に分かっていない」
「煩いトリゴエ」
「それはそうだ、我は煩く言うのも仕事だよ」
鳥声(とりごえ)。
そう呼ぶのはお前だろうに、なぁ、夜語り(よがたり)。
鳥は朝からさえずるものだ、太陽の光を浴びた刹那に高く世界を高らかに歌い上げるものだ。
このアサナをお前がトリゴエを定義した。お前がトリゴエだと示したのに。
何を今更。
「思い出せよヨガタリ、お前はこのわかいのがついて行くまでどうしてた」
どうやって生きていた?
若いのに合わせて生活を変えて、三度の食事をとって、夜眠り、朝起きただろう?
朝眠り、夜起きていた、夜にしか語らなかったのに。
「……たいした意味はない」
「ああそうだなっ、お前はただ単に、若いのに合わせただけだっ」
本当に分かっていないな!
「お前は、若いのがいたから、夜、寝れた」
違うかどうかも分からないのだろうヨガタリ。話ならない。まるで話にならないぞ!!
「ダメだなぁ、お前そんなんじゃダメだよ」
「お前と問答するつもりできたんじゃないが」
「我と問答するのもお前の仕事だろうよ、なぁ。お前本当にカプリを悼むのならもう少し危機感を持てよ?」
「悼んでるかどうかは、わからん」
「ふぅん」
「ただ、なんだろうな。シェがいないと思うと。すかすかする」
作品名:貴方が望むなら[前編] 作家名:有秋