Light And Darkness
それを、慄れた。すべてを失うかもしれないことがわかっていた。仲間も、ともに生まれた半身である大切で失えない半身も。
きっとこの裏切りは、許されないだろう。
それでも。どうにもならない。
裏切るしかないのだろうか……もしそうなったとき、彼は……彼らは許してくれるのだろうか。
否――そんなはずはない。
そんな煩悶に苦しんで、答えを見出だせず、一条の光もない闇を彷徨い続けて自分はひどく疲弊していた。
失態を踏んで敵に囚われたのも、無理からぬことだったろう。
誰を責めるわけにも、ゆかない。
責め苦を味わい、傷つけられて、思考はまともな方向へ向かわず、脳裏は混濁していた。
どうなってもいいと思った。もういいと。
地べたに這いつくばって、誇りを捨てた。
『傀儡法』という行法がある。
久米命は追い詰められて、敵方の術の前にあえなく膝を折った。抵抗する気力も体力も失せていたのだ。
勝利を確信して満悦の微笑を唇に刷いた大国主・穴牟遅の顔は、今でも克明に思い出せる。
四肢を緊縛され、不可視の糸に繰られて肉体 宿体の支配権を明け渡したとき、死を迎えたように恍惚とした気持ちだったのを、覚えている。
なのに……なにの……なのに!
宿体が要求されたのは、御師に対する裏切りでも、秘密漏洩でも、闇討ちでもなかった。連中が久米命に強いたのは、もっともおよずれた行為だったのだ。
やめてくれ、と絶叫して抵抗した。
こんなのは赦すことができない。
けれど。自分の脳裏に自分が静かに……冷酷に囁いたひとことを、否定することもできなかった。
本当に……望まなかったのか? 一度も? ただの一度も?
否定、できなかった。
それでも久米命は、叫び続けた。
そうするほかに、術はなかった。
――やめろぉぉ……やめるんだぁぁあああ! いやだぁぁああ――――!
いや……だぁぁあああ――――っ!
女神を組み敷き無理やり犯した。
それが何よりもすべてを瓦解に導くことを、連中は知っていた。
齢重ねた桜の木。満開の花。散りゆく花びらの舞い。
指先を濡らす真紅の滑り。
激痛と屈辱に耐え、疲弊の滲んだ宇受女のまなざしは揺るがず久米命をみていた。ずっと――ずっと。
ただひとことの声もなく、歯を食いしばり、悲壮なまなざしだけが……。
作品名:Light And Darkness 作家名:さかきち@万恒河沙