Light And Darkness
ACT,7
夢を、見る。
すべてを失ってでも……手にいれたいものがあったのだ。
天照大御神の『御師』を束ねる、かの天帝の巫女姫――『天宇受女命』。
女神は、気高くて、美しくて、凛と冴えるまなざしが孤高の強さを思わせる、非のうちどころない彼らの主君だった。彼女の言霊は絶対だったし完璧だった。指示も、命も、ひとつとして違えることのない完璧さを誇る指揮官だった。絶大な神威を、神力を駆使して戦う女神だった。 そして……そうでいながら彼女は、優しく清らかな女神でもあった。神聖な巫女。
巫女姫――という言葉が正しく彼女をあますところなく表していた。
自分は……間違いなく女神を畏怖れ、崇拝し、心の底から心酔し、敬愛していた。
心の底から。
そばに在れば在るほど。触れれば触れるほど。長い……長い間。宇受女のもとで、生きてゆくことが望みだったはずなのに、それなのにそれが……堪え難い苦痛に変わっていった。ともに生きてはゆけないと……深い絶望が心を侵しはじめた。
そう。それは、自らを滅ぼさずにはいられない衝動だった。歪み捩じれた感情を抑えに抑えて幾年月、百年前その願望が現実のものとなったとき、久米命はそれを知った。
それはいつのことだかもう定かではないけれど、敬愛が『別』のものにすり変わったときに始まったのだ。
君主と臣下の関係に、破綻を来したいと、望んでしまったことが、破局への第一歩。それは、罪悪だ。そんなことは知っていた。知っていたから堪えようとした。
けれど。
――豊葦原は瑞穂の国に、戦い立つ女神に、俗物じみた感情を抱いている。
そんな自分が赦せないのに……この想いをどうしても、殺すことができない。
宇受女という女神を、愛している。狂おしいほどこの手に、抱きたい。
そんな苦しみだけを抱えて生きてゆかねばならなかった久米命の苦悩に気づいてくれたのは、そして理解してくれたのはたったひとり、地上に共に生まれた半身だった。御師でもあった彼の名前は、天忍日命という。
許されない激情を、彼ひとりがわかってくれた。支えてくれた。
かけがえない半身だった。
ほかの御師たちにしたとて、大切であることにはなんら変わりはなかった。なのに何故、この感情はこんなに己を律しようとする自分を狂わせるのだろう。
何も見えなくなってしまう。
作品名:Light And Darkness 作家名:さかきち@万恒河沙