天女の血
美鳥は顔をあげられなかった。
後悔と羞恥が胸の中で渦巻いている。
お互い、なにも言わない。
静かに時が過ぎていく。
しばらくして。
「俺は」
建吾が沈黙を破った。
さっきよりは落ち着いた声。
「小学三年の秋に、圭さんにつれられて郷の外に行きました」
昔のことを話し始めた。
「圭さんはその頃にはもう郷を出てしまっていて、たまに帰ってくる程度でした。あのとき、久しぶりに郷にやってきた圭さんは喪服を着ていました。そして、俺に喪服を着るように言いました」
なぜ、今、こんな話をするのだろう。
美鳥は不思議に思いながらも、問いかけはせず、うつむいたまま話に耳をかたむける。
「俺は圭さんに従いました。圭さんに手を引かれて、郷の外に出ました。つれられていった先では葬儀が行われていました。でも、葬儀に参列はしませんでした。少し離れたところから、見ていました」
話を聞きながら、ふと、建吾が小学三年なら自分はそのとき小学二年だと思った。
小学二年。
八歳。
秋。
葬儀。
まさか、と思う。
「市川律子さんの葬儀でした」
建吾は美鳥の予想が正解であったことを告げた。
「あのとき、俺は初めて明良さんを見ました」
美鳥は驚く。
まさか、あのとき、建吾と圭が来ていたなんて。
「雨が降っていました。秋の冷たい雨でした」
ああ、そうだ。
そのとおりだ。
あの日は、雨が降っていた。
思い出した。
その記憶が胸を衝き、その痛みに、美鳥は一瞬だけ眼をつむった。
「葬儀会場から、憔悴しきった明良さんが出てきて、冷たい雨の降る中、泣き崩れました」
もちろん、そのときのことを覚えている。
また、胸が痛んだ。
心が揺れる。
あのときの感じた悲しさが、胸にしまいこんでいた感情が、引きずり出されそうになる。
「その明良さんに、小さな女の子が駆け寄りました。さしていた傘を捨てて、手を差しのべて、明良さんに抱きつきました」
それは。
その少女は。
「その女の子も母親を亡くして悲しかったはずなのに、父親を支えようとしていました」
まちがいなく、自分だ。
美鳥は顔をあげて建吾を見た。
眼が合う。
建吾は真っ直ぐに美鳥を見ている。
そして。
「あのとき、俺は、あの女の子を護ろうと決めました」
強い意志の宿る声で告げた。