天女の血
美鳥はまぶたを閉じる。
携帯電話を胸の近くまで持って行き、強く握りしめた。
堅い無機質な物。でも、そこに自分を護ってくれる者の声が、その温もりが、宿っているように感じる。
眼を開けた。
頭が少し落ち着いている。
そして、自分が今、ひどい格好をしていることに気づいた。
携帯電話を机の上に置き、ボタンがひとつも留められていないブラウスをまえを合わせる。
こんな姿、見られたくない。
建吾がここに向かってきてくれている。到着するまでのあいだに、服装を直さなければいけない。
しっかりしないと。
そう自分に言い聞かせ、美鳥は動く。
まず、床に落ちている下着のそばまで行った。
正樹に脱がされたものだ。
それを拾いあげる、一瞬、みじめな気分になった。
眼を強くつむり、その感情をどうにか消し去る。
なにも考えないようにして、下着をはく。
それでも、下着を脱がされたときのことが、ふっと頭に浮かんでくる。
下半身を男の手がさわり、そして、その指が中に入ってきた、感触が身体によみがえった。
思い出してはいけない。
今は。
動けなくなってしまうから。
なにも、考えるな。
思い出すな。
そう強く思った。
下着をはき終わると、下がっていたソックスをあげ、いつのまにか脱げていた上履きをはく。
頭を空っぽの状態にしたまま、今度はブラジャーが落ちているところまで行った。
その近くに腰をおろす。
ブラジャーを拾い、膝の上で、外れたストラップを元にもどした。
しかし、このままでは身につけられない。
美鳥はブラウスを脱いだ。
上半身裸になり、ブラジャーをつける。
慣れていること。
だが、背中のほうにあるホックがうまくかからない。
いつもなら簡単にできることなのに。
何度か失敗し、いらだつ。
頭に、また、さっきの記憶がひらめく。
思い出してはダメ。
自分にそう強く言った。
そのあと、やっと、ホックがかかった。
ブラウスを着る。
まえを合わせ、ボタンを上から留めていく。
今、建吾はどこまで来ているのだろうか。
それを考えると、あせる。
一番下のボタンを留めようとした。
けれども。
ボタンホールがない。
数が足りない。
そんなはずがない。
ひとつ、ズレているのだ。
あせっていたから、気づかないままここまで来てしまった。
嘘。
ぼうぜんとする。
頭の中が真っ白になって、ボタンから手を離す。
手が床に落ちた。
だが。
いけない。
少しして我に返り、自分を叱った。
ひとつズレた状態で留まっているボタンを、上から順番に外していく。
その最後のひとつ。
それを外そうとして。
手が止まった。